2012年08月31日

鑑賞のあり方について思うこと(2)

前回の記事に、いろいろコメントをいただきました。
・・・と言ってもコメント欄を見ないように。
ブログのコメント欄ではなくフェイスブックの方です。
発信だけでなくコメントやトラックバックができる「ブログ」が最先端だった時代は終わったみたいですね。
「そういう時代なんだなあ」
なんて話題も出ていました(笑)
houjitu2.jpg
さてそのフェイスブックでのコメントなんですが、ブログ記事を読んでいただいた西尾 隆一 先生から、対話による鑑賞について「ディスカッション形式を用いて生徒側の解釈を深めていくインターラクティブな授業展開」という的確な言葉をいただきました。

対話型鑑賞なんていうと鑑賞の特殊なやり方に聞こえてしまうのですが、対話部分と鑑賞をワンセットで扱うのではなく、ここは分けて考えた方が良いようです。

対話による鑑賞とは、「ディスカッション形式を用いて生徒側の解釈を深めていくインターラクティブな授業展開」というものが以前から存在し、その授業展開に沿って「鑑賞」の授業をやったらこうなった・・・という感じでしょうか。

つまり、「対話型鑑賞」という斬新な授業内容があるのではなく、本来あるべき学びのスタイルがあって、そこに鑑賞をもってきただけ・・・と言うと分かり易いでしょうか?

「本当に絶対そうなのか?」
・・・と厳しく問われると、ちょっとビビッててしまうので、同じ話を上野先生の前でも言いました。
無事通過したので大丈夫です。(笑)




posted by kazyhazy at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月30日

鑑賞のあり方について思うこと(1)

つい先日、上野行一先生(帝京大学教授)と食事をしました。
その時にも出ていた話題なので、以前から気になっていたことを書く気になりました。
それは、いまだに「対話型鑑賞」という言葉が頻繁に使われていると言うことです。

まるで、いろいろな鑑賞のやり方の中で、ひとつのジャンルを確立した特殊なやり方みたいです。・・・・まあ、使われている場面はおおむね肯定的なシーンなので、それは悪くないです。
「研究会を開きます!対話型鑑賞を取り上げます」とか
「鑑賞の授業をしました。対話型でやったらとてもうまくいきました」・・・という感じ。
IMG_0753.jpg

別の言葉に置き換えてみましょうか。
「研究会を開きます!酒井式描画法を取り上げます。」とか
「風景画の授業をしました。酒井式でやったらとてもうまくいきました」・・・だったらどうでしょう?
あれれれ?ちょっと待てよ!という思いに駆られた人も多いのじゃないですか?

「○○型」・・・というのは「○○式」と同じで、手段の方に重きを置いた言葉です。
対話による鑑賞をちゃんと解っている人が、つい短く「対話型」と言ってしまった・・・という場合が多いということは知っているのですが、それでもその言葉を聞いてしまう人や読んでしまう人がいる限り弊害は否めません。
「へぇ〜そういう新しいやり方があるんだぁ」と言う風に、方法論的に言葉が一人歩きしてしまうからです。



posted by kazyhazy at 21:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 教育ブログ 図工・美術科教育へ
にほんブログ村
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。