2012年11月07日

鑑賞「東京オリンピック」(4)

私としたことが、うっかりと書き忘れていたことがあります。
まず、授業の最初にじっくりと作品を見る時間をとる!
・・・この事を書くのを忘れていました。
すぐに見えた部分に飛びつくようにしゃべり出すのではなく
1〜2分黙って作品を見る時間をつくる・・・コレが大事でしたねぇ。

IMG_0190.jpg

さて前回の投げかけで
・登場人物(ランナー)のこと
・暗い背景や、強い照明など写真自体のこと

などなど、生徒から色々なことが浮かび上がってきました。

それを使って、ここからは純粋な「対話による鑑賞」ではなく「もどき」になります。
つまり、この授業の目的に沿った恣意的な発問をすることになります。
それは・・・・・
■発問1「このポスターを作り上げるのには、どんな役割(仕事)が必要でしょうか?
・・・というものです。

ワークシートに記入欄が作ってあるので、どんどん書いては発表してくれます。
・写真を撮影する人(カメラマン)
・ロケ地を確保したり整備したりする人
・照明係
・ランナー役のモデルと、そのモデルを調達する係
・衣装(ユニホーム)や靴を用意する人
などが、どのクラスでも出てきます。

この段階で
「一枚のポスターを作るのにも沢山のスタッフが必要なんだなあ」という感想を持つ生徒もいます。
それはそれで大事な学びなんですが・・・・

この発問には続きがあります。

 


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2012年11月05日

鑑賞「東京オリンピック」(3)

前置きばかりが長くて、なかなか実際の授業を紹介しないと思われていたかも知れませんが、今日からはじめようかな。今回はこれを読んでいただいている先生方が、万が一「よし!自分もやってみよう」な〜んて思っていただいても実現できるようにディテールまで細かく書いちゃったりしてまする。
sczn147.jpg
最初にオープンクエスチョンから始めることを多くの生徒が知っているので沢山の挙手と発言で、勢い良く授業がスタートする・・・という所まで書いたと思います。
で、実際の授業で最初に生徒に投げかけたのは、
「何が見えましたか」
「何かに気づきましたか」
でした。
皆さんだったらどう答えますか?
・一斉にスタートしている
・そこを側面から撮影している
・しかも全員が少しずつ見えるように撮影している
・背景が黒になるようにしている
・色々な国の人がいる
・強い光が当たっている
・みんな真剣な表情をしている

などなど、次々に手が上がって作品が色々な角度から明らかになっていきます。

この「開かれた質問」には3つの意味を持たせるつもりでやりました。
■評論家の定説のように、すでにあるものを探り当てるのではなく、その場で自分たちが作品を見て価値や意味を生み出していくのが鑑賞なんだ・・・という現在進行形の学びですね。さらに、どんな考えも受容される経験を得て「自由闊達に意見しても良い」という雰囲気が生まれれば、なお良いですね。

■作品が持つ情報量というのは膨大で多岐にわたります。ひとりで一気に消化はできないからみんなで寄ってたかって作品を解体しようという意味もあります。人の発表を聞いて「ああ自分はそこには気づかなかった」ということは山ほどあります。同じ作品を見ながら、みんな別々の所に着目していたりもします。それが沢山の意見が交わされて、初めて作品は姿を現し、その場の人間に共有されます。

■共有されることで次のステージに進むことが出来ます。次の「投げかけ」でさらに鑑賞を深めるには、この共有が欠かせません。そして生徒達が出してくれた作品の要素は、そのまま次の展開への布石の意味もあったのです。

つづく
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2012年11月03日

鑑賞「東京オリンピック」(2)

鑑賞教材の画像は、自分が持っていました。
若い頃亀倉雄策関係の本は結構買っていたので「東京オリンピック」を最大の解像度でスキャンしてラミネートしました。枚数はあえて20枚。40人のクラスなら二人に一枚です。

一斉授業で個々人がそれぞれ学習する形態なのではなく、隣同士で画像を指さしながら話し合っても良いタイプの授業なのだよ・・・という暗黙の了解であります。
IMG_0753.jpg
中学3年生の最初のクラスにコレを配布して授業のスタートです。

鑑賞の授業にくわしい方なら「対話による美術鑑賞」という言葉をご存知だと思います。あのやり方なのか?と問われれば「かなり同じだけどチョット違う」と答えるぐらいのやり方で実践しました。
悪く言えば「対話による鑑賞もどき」でありまする。

1年生の頃から私が授業をしてきた3年生ですから、鑑賞に関しても、私が最初にオープンクエスチョンから始めることを多くの生徒が知っています。だから沢山の挙手と発言で、勢い良く授業がスタートします。

オープンクエスチョンというのは、ご存知の通り「開かれた発問」とも言われ、
「何が描かれていますか?」
「どの部分に着目しましたか?」
「絵を見て何に気づきましたか?」

・・・・というような、生徒によって正解が異なるような発表を促す発問です。
いろいろな角度から意見が飛び交いますが、「それは不正解です」と否定することは全くなく、意見は受容され、共感されるんだ・・・という事を生徒が実感する時間でもあります。
もう少し深めたいような意見に対してはコチラも「どうしてそう思ったの?」とすぐに返します。

今回は、このような「開かれた発問」だけではなく「指向性を持った発問(閉じた発問ではない)」を組み合わせて授業を組みました。(だから対話による鑑賞もどきなのです。)
指向性を持った発問については後日紹介しますね。
posted by kazyhazy at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鑑賞「東京オリンピック」(1)

今年の図工美術の日は、諸事情でイベント的なことは出来なくって
昨年からやってる「美術室前廊下」の取り組みは継続状態です。
せめて何かしたいと思って
新しい題材を開発して、それをここに紹介することにします。

昨年の図工美術の日の記事を参照して下さい。
day_of_art08.jpg
「図工美術の日」の取り組みとして、こんな風なポスターをいくつか作りました。欲しいと希望される学校に送って掲示していただいたりもしたのですが、この記事に使われている亀倉雄策氏の「東京オリンピックのポスター」を鑑賞の題材とした教材を開発したのです。
この開発には、色々な依頼が絡んでいまして、最初のきっかけは鑑賞ガイドブック「日本美術101」関係から始まりました。その本に載っている作品の中から授業を開発して実践し、その映像を提供して欲しいという依頼です。
さらに当時は県の研究方針の中に「デザインの鑑賞」実践を蓄積しようという気運がありました。その両方の理由から「東京オリンピック」を選択したのですが、校内事情により授業風景の収録は流れてしまいました。

直後に別の方面から本に載せるから資料を提供して欲しいと言われ、まだ授業をしていないのに企画だけを載せていただきました。(おいおい)
たまたまそれを目にされた方は「ああ、あれか」という事になるかもしれませんね。
そして、またまた別の方面からの依頼がありまして、今年動き出した、さる鑑賞の研究部会が東京であって、話を切り出してみるとナカナカ好感触。

一度も授業をしないまま、企画だけが色んな方面をハシゴしていたのですが、考えをまとめて今日やっとひとクラス目を授業しました。

前置きが長くなりましたが、次回から授業内容を連載していきますね。
posted by kazyhazy at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月01日

鑑賞のあり方について思うこと(3)

前回は「対話型鑑賞」という斬新な授業内容があるのではなく、本来あるべき学びのスタイルがあって、そこに鑑賞をもってきただけ・・・と言う話でした。
対話部分と鑑賞をワンセットで扱うのではなく、ここは分けて考えた方が良いという部分から、今日は少し展開したいと思います。

二つを分けて考えると見えてくるのが、両方の可動性です。

対話のない知識教授型のスタイルに「鑑賞」を持ってきた時代があって(今もそうか?)、
その後、インタラクティブな学びのスタイルに「鑑賞」を持ってくることが出来た。(これが対話による鑑賞)
それなら同時にこんなことも考えられるはず。
それは、あるべき学びのスタイルに「表現」を持ってくることもできるはず・・・ということ。
言わば「対話による表現」みたいな感じでしょうか?
seitoku2.jpg
インタラクティブで無い方の表現の授業を想像すると、
1,どんな作品を作るのか、完成イメージが最初に例示され、アイデアスケッチを描かされ、ゴールを先に確定させられる。
2,ゴールに向かってノルマを消化するかのように作業で埋めていく。
3,たいていの生徒にとっては初めての題材なので100%想定通りには仕上がらない。
4,友達に「アイデアは良かったのにねぇ」なんて言われながら「途中まではなんとか行けるけど、色を塗るといつもアカンねん。」なんて苦笑いをする。
・・・・というような感じになるのでしょうか。

かつてこのブログで紹介した奥村高明先生の言葉である
授業というのは「今日は一体何が起こるのかな」と思える時間。
そして誰も出会ったことのないような新しい自分に出会える時間。
昨日まで思いもしなかった発想や技能が生まれるような「化学反応」をひきおこすキッカケが題材。
ひきおこすようにある種の制限を課した提案こそが題材。

・・・における題材や授業のイメージとはかけ離れています。

だから、最近色々なところで「対話による鑑賞」を勧めるのと同じくらい
ゴールを想定させない「表現活動」をプッシュしています。
このブログ内でもタビタビ登場しています。(例えば「材料体験」というタイトルの記事)

滋賀の夏の研究会もこれを推進する内容にして行い、冬の大会もこれに続く内容になるよう計画を進めています。(このことも一度書きましたが)

対話型鑑賞・・・なんていう呼び方ではわかりにくいと思いますが
単なる本来的な鑑賞と捉えれば、そこから本来的な表現をもイメージし易いという話です。

posted by kazyhazy at 22:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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