2011年02月26日

いつも心に切り口を(15)秋田編7

美術教師同士の会話で、
「今、何をやらせてる〜?」
・・・というのをよく聞きます。この質問に対しては
「今は鉛筆デッサンをやらせてるねん」とか
「デザインセットで平面構成さしてるねん」とか
の返事が返ってくるわけですが、これは<色:#ff6600>秋田大会でも同様でした。

「私は今、こんなものを作らせているんだけれども・・・・」
「授業でこんな作品造りをやりました・・・」という具合です。

どんなタイプの作品を作ったか・・・それは表面的な事象でありジャンルですよね。
foram2_07.jpg

作り話に登場したA先生のように「絵画領域」をやった、「デザイン領域」をやったというのと
デッサン」を教えた「平面構成」を教えたというのは、同程度の深まりしか感じられません。

そこで・・・・
foram2_10.jpg
せっかく「美術による学び」研究会に来ているんだから「美術による学び」という切り口で検証し直しましょう・・・と言う風に持って行ったのでした。

う〜む
我ながら見事な構成だ(笑)

デジタルとアナログ」や「骨と肉」など、過去に連載した「切り口」を読んだ人が「またか」と思わないように別の切り口を持ってきて
それでいて
大会の趣旨である「美術による学び」に結びつけようという壮大な計画!野望!(笑)

どんな風に切ったかはまた次回。
(ひっぱりますね〜 < ロングバージョンですから)


posted by kazyhazy at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 切り口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

いつも心に切り口を(14)秋田編6

学び研:秋田大会で話題提供した内容をロングバージョンでお送りしております。
秋田へは行けないけど、どんな話をしたか教えてね・・・というコメントを本気にして連載しております。
秋田へは行ったけどもう一度聞きたい・・・という奇特な人にもお勧めですね。(いるのか?そんな人)

実際・・・私の発表の後、全ての話題をさらうようなフレッシュな企画(ムサビの寸劇)が大爆発して、私の話なんか霞んでしまったので(笑)このブログでフォローしているわけですね(涙)

foram2_07.jpg
さて、前回までの内容は「話の前提」や「スタンス」について押さえました。胡散臭い事この上なし!とか○○もどきの蔓延状態とかです。

枠組みを伝えたら、あとは具体例の登場です。
授業の実践報告なんかもそうですよね。

「私はこういう考えで取り組んでいます」
「そして実際にやったのはこんな授業で、こういう成果が出ました」

・・・という流れが順当ですよね。
(色々な研修会の企画も、この流れでやっています。)

だから今回も、スタンスの後は具体例に当てはめたいと思ったのですが、ここでちょっと悩みました。これまでの「いつも心に・・・」の場合は、「切り口」を示した後で自分の実践を紹介し、その授業を実際に切って見せた訳ですが、「また同じ話をするのもつまらないなあ」なんて考え始めました。

参加者の中にはこのブログを読んでいる人もいるわけで、ここまでの「スタンス」についても過去ログで触れているものばかりなので、せめて具体例では新しいエピソードを入れよう!と考えたわけです。

しかも、大会趣旨である「美術による学び」が、ちょうどメタ的な切り口に当てはまるように話を作ることが出来るのではないか!!!
・・・と考え始めたのは2月になってからでした(笑)

ほんとにもう、直前ですな。

そして出来上がった作り話は・・・・・?(つづく)
posted by kazyhazy at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 切り口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月21日

いつも心に切り口を(13)秋田編5

メタ方向からのアドバイスの話までいきました。
教師に、授業に関するメタ認知をせよ・・・みたいな感じでしょうか。
その例として色々挙げました。
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プレゼンの一番下に「くわしくはブログで(笑)」と書いてあるので詳しく書かなければいけませんね。  けど・・・殆どは過去の記事で書いてるんですよね。

いつも心に切り口を(6) 骨と肉1・・・で検索してみてください

これは「構造と内容に分離してみる」・・・ってやつです。
それから・・・・

右脳のアナログ処理1・・・という題の記事があります。

このシリーズは1〜4まであるのですが、「デジタルとアナログで分類してみる」ってやつに関係があります。
この記事は相当古いな。ブログを始めた初年度の記事です。

マトリクスに関しては過去に記事がありません。
マトリクスと言っても、例の映画とは関係ないですよ(当たり前か)

大学院生だった頃を思い出します。
「あなたがこれまで中学校で実践してきた授業(題材)を列挙しなさい」
と担当教授に言われて、ズラズラっとリストアップしたら今度は
「それをマトリクスで分析しなさい」
な〜んて言われたものです。

おそるおそる
「あの〜・・・Y軸とX軸は何でしょうか?」
・・・と尋ねたら
「それも自分で考えなさい!」ときたもんだ。

どうですか。これを読んでるあなた。
同じように言われたら。

きっと今まで使っていなかった新しい視点
今まで考えなかった角度で現れてはきませんか?

posted by kazyhazy at 21:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 切り口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

いつも心に切り口を(12)秋田編4

秋田での20分の話題提供をロングバージョンでお送りしておりますのが、このシリーズです。当日の発表は短くまとめないといけないので、結構苦労しました。

これを話して欲しい」という要望や、「教師の学び・成長」というテーマに合致している内容をテキストファイルに列挙してデスクトップにしばらく貼ってありました。
また、「良薬のように苦い話」という、話の内容ではなく性質めいた要請もあったので、件のテキストファイルは日に日に増えながら、日に日に削られていきました。

前日には、説明しながらプレゼンをクリックするのをストップウォッチで計測!ジャスト20分にまとめることが出来たんですよ。(苦労してるでしょ?)

それはさておき、前回の続きを。
前回は「もどき」の所まででしたね。(今でもこの言葉が関係者の間で流行ってますね)

20代の頃の自分。バリバリと公開授業をして、実践発表をしていた頃。
「これでもか」と言わんばかりの工夫を授業に添えて
「どうだ」とばかりに実践発表をしておりました。
そこで
先生が頑張り屋さんだと言うことだけがわかりました・・・」と言われた逸話を話しまして、この画面を見せました。
foram2_05.jpg
(最近アチコチのブログでこの画像を見ます。このフォーラムを紹介してくださる時ってやはりこのプレゼンになるのでしょうかねえ。)

「これでもか」っと工夫を重ねた授業に、
もっとこんな工夫が出来るよ」とか
違う方向も考えられるよ」・・・というような同一平面上の受け答えではなくて

「先生が頑張っていることしか見えなかったよ」というメタ方向からのアドバイスというのは効きますねえ。

当時は20代の後半。今から18年ぐらい前の昔話ですが、そんな以前にこんな体験が出来たことはラッキーだと思っています。
「この話が一番インパクトが強かった」とおっしゃる先生も多かったです。きっとその先生も頑張り屋さんであり、敏感なアンテナを持っておられるんですね。

(この話の後でも、けっこうアンテナの感度の低い、ビックリするような意見交流があって「あれれ?」とずっこけていたのですが・・・・)

18年経った今でも、この話が有効に働く・・・という点で美術教育業界はまだまだ成長の余地があるって事ですか

posted by kazyhazy at 21:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 切り口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

いつも心に切り口を(11)秋田編3

もどきの蔓延・・・なんて言葉を使ってしまいました。
「蔓延」なんて変換機能がないと漢字で書けないような字ですな。

美術教育を語り合う上での注意事項?を二つ述べた後、「胡散臭い」という言葉の流れで、話題は「もどき」の方へ進みました。
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これに関しては、過去ログでも取り上げたのことがあるのを記憶しておられる方も居るんじゃないかと思うのですが・・・・・

よし!リンクしよう。
いつも心に切り口を(1)

この「もどき」というヤツは、最前線で子どもと向き合っているからこそ「もどき」になり易い・・・ということは無いですかね。

やはり、目の前の子どもが目を輝かせて取り組んでくれたら、
(たとえ授業もどきでも)
「どうですか!みなさん。私がこんな授業をしたら生徒達は熱心に取り組みました!」
・・・と発表したくなる気持ちはわかるよなあ。
(それは単なる結果論なんだけど)

絵の具やパレットが置いてあって、いかにも美術っぽい活動をしているだけ・・・というような「もどきの授業」よりも、熱意が感じられる分よっぽど共感が持てる。
(教師が頑張っている授業・・・になってしまうんだけどね)

まあ、「研究会もどき」も、たくさん蔓延している現状を考えると「もどきの授業」もナカナカ無くならないだろうなあ。

なぜ私が「ギター侍(hakusuke命名)」のように、もどきをバッサバッサ切るのか。
「普通、大人だったら発言は穏当にしたり、研究会では相手のことを考えて指摘するもんだろう!」・・・・と言われればその通りなんですが。

失礼を省みずに「切る」のは、相手の先生の後ろに生徒が見えるからです
失礼承知で先輩教師でも「切る」のは、その先生の後ろに後輩教師が見えるからです。

もどきの授業を受ける生徒達は、美術の授業ってこういうものだと誤解しながら大人になります。
もどきの授業をみた後輩教師も、美術の授業ってこういうものだと誤解しながら、自分の生徒にそれが伝わります。

「今」切らないと50年でも100年でも次の代に蔓延するのが「もどき」なんだと思っています。

返す刀で自分も切り続けたいですねえ。

posted by kazyhazy at 22:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 切り口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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