2016年12月11日

校内研日和(20) セリグマンの犬 3

校内研全全体会が終わった後、
講師のF先生を駅まで送る車中で
「先生の今日のご講話の中でセリグマンの犬の話は、みんな衝撃だったみたいですよ」
・・・というような感じで、その日の研究会の話をしながら、ちょっと思いついたので
「あれはもしかしてヒドゥンカリキュラムではないですか?」
と尋ねると
「そうです。色々と勉強しなきゃいけない教育用語が多いね」
と返答していただきました。

ヒドゥンカリキュラムについてはこのブログでも過去に触れています。
この記事 (link) です。
記事のどの辺かというと、ここです↓
seriguman2.JPG
教師が意図する・しないに関わらず及ぼされる生徒への影響(Philip W. Jackson、"Life In Classrooms", 1968年)という風に説明しています。

非常に話術が巧みで、話題も豊富な教師がいたとします。
授業も楽しく人気が高いです。しかしそのクラスの生徒はどんどんルーズに、だらしなくなってきました。
どうしてかというと、その先生は話題が豊富なため、しばしば授業時間をオーバーするし予定の授業内容に到達できないことがある訳です。
なので、「楽しければ時間にルーズでも良い」というヒドゥンカリキュラムが発動して生徒たちは無意識下にそれを学習してしまったという訳です。(実話ではありません)

なんかマイナス効果の話ばかりが続いたので
次回はヒドゥンカリキュラムのプラス効果について紹介しますね。



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2016年12月10日

校内研日和(19) セリグマンの犬 2

FBの方にはこの記事に関する感想やご意見をいただいています。
ありがとうございます。
難しい内容なので心配をかけることのないよう
誤解を解くためにも、もう少し例を出しますね。
本校に外部講師できていただいたF先生の講話に出てきた話をそのまま紹介すると・・・
print.jpg
よく5教科なんかでプリントを配って「その問題を解きなさい」というようなシーンがあると思います。
そして生徒たちが隣としゃべったり教科書を開けようとすると
「最初はまずじっくり読んで、しばらくは自分で考えましょう」
・・・というような、しごく真っ当なセリフが聞かれることも多いと思います。
しかし非常に勉強が苦手な子にとっては、自分で考えようにも全くのチンプンカンプンだったとします。
しばらくして「相談していいよ」とか「教科書を見ていいよ」と言ってもらえるのを待つ時間になります

勉強が本当に苦手な子は、得てして他教科も苦手な場合があります。
だから他の4教科でも同じような目にあうことも考えられます
すると、
その子はプリントが配付されたら、しばらく待たねばならないことを学習します。
そしていつか、その子のために非常に初歩的な学習プリントを作ってくれる先生が来て、それを手渡されたとしても、またそれがその子にとって解ける問題だったとしても自分では考えないようになっているのです。

これがセリグマンの犬で明らかにされた学習性無力感の例です。

この話は、
「最初はまずじっくり読んで、しばらくは自分で考えましょう」
という真っ当なセリフで
「すぐ頼らないで一生懸命考える生徒を育てよう」
という一歩踏み込んだプラス効果を期待したアドバイスなのですが
薬に副作用があるように、一方の効果のある指導は同時に、別方向の効果を無意識下に呼び込むことがあります。
これをヒドゥンカリキュラムと言いますが、
次回はこれについてもう少し書きますね。

posted by kazyhazy at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 校内研 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

校内研日和(18) セリグマンの犬 1

毎日いろいろなことを書いていますが、
ふと気が付くと書き洩らしていることに気づいたりなんかします。
一時は校内研のことも丁寧めに連載していたのですが
他の記事を書いているとついついタイミングを逃してしまいます。

本校では11月の初旬校内研全体会を開き、全クラスで公開授業をしてもらい、ひとクラスで研究授業をして、授業研究会や外部講師の講話などのプログラムをこなしたのですが、内容を紹介しないままもう一か月も過ぎてしまったのですね。

外部講師の先生による講話の中で話題になったのがセリグマンの犬の話です。
後で回収したアンケートでも、この話に衝撃を受けた人は多いようです
ご存じない方のために紹介しますね。

3体の犬が(かわいそうですが)実験に使われます。
seriguman.JPG
Aの犬に電気が流れるのですが、ボタンを踏めばその不快感が消える仕掛けになっています。Aの犬は何度か試すうちに、電気が流れればボタンを踏めばいいと気づきます。

Bの犬に電気が流れた時はボタンを踏んでもなにも変化が無いようにしておきます。ボタンはあるけれど踏んでも踏まなくても不快感は消えません

Cの犬には何もしません。つまり何の学習もしていないまま放置です。

しばらく後に3匹ともがAと同じ小屋に入れられます。つまりスイッチを踏めば不快感から解放される小屋です。そこで電気を流せばどうなるかというと・・・・

Aの犬は学習していますからすかさずスイッチを踏んで解放されます。
Cの犬は、自分で何度か試した結果なのかAの犬の真似をしたせいなのか、しばらくするとスイッチを踏むようになります
Bの犬はどうなのかというと、何もせずに電気の不快感を我慢していたそうです。
すぐ横でAやCの犬がスイッチを踏んで解放されているというのにです。

これを学習性無力感と言います。
つまり「何をしても無駄だ」ということを学習してしまったのです。
Aの犬はもちろん、何の経験もないCの犬にすらできることができなくなってしまうのです。

これは、言い換えれば
悪い授業を受けることは、全く授業を受けないよりも悪い状況に陥るということでもあります。

ここで思い出してゾッとしたのは
全国に蔓延するヤラセのような上手に描かせる美術の授業であり
若いころの自分のロクでもない授業の事だったわけです。

どうせ美術の時間って美術教師がやりたいことを俺たちにやらせる時間だろ?
・・・ということを学習させていないかどうか
いつでも、何度でも振り返る必要があるのかもしれません。
posted by kazyhazy at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 校内研 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月26日

メンター制の研修(4)

前回メンター制の研修を紹介してから
じつはもう二つ三つメンターで研修を実施ておりました。

今日はそのうちの一つを紹介します。
IMG_1038.jpg
今日の臨時講師は中央に座っている青年なんですが、
なんと新採2年目です。
左の美術科Yさんも、右の理科K君も
講師経験があるので、なんと講師よりも年上ということになってしまいます。

講話をする人間が年下というなかなかの逆境ですが
講師の彼はなんとか引き受けてくれて、やり遂げてくれました。

実はこれ一番やりたかったことなのです。
普段は私が週2回の研修講話を担当しています。
それに初任者はセンターへ行って、きっと教育委員会や大学の先生や有識者の講話を聴いているのだと思います。
ベテランの話にはそれなりの価値がありますが、やはり初任者から見ると遠い理想になってしまいがちです。そうではない研修をするところにメンター制の真の価値があります。

年齢が近い者、しかも今回は年下の教師が
どんなことを考え、
どんな点で苦労して、それを克服してきたか
どういう努力をしてどこまで成長できたのか
は、初任者にとっては最も身近な話題であり、共感できたり身につまされたりするはずです。

実際、効果はあったようで、
こういう研修を望む声を聞かせてもらいました。
posted by kazyhazy at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 校内研 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

メンター制の研修(3)

メンター制による研修会の第2回が今日でした。
別のコーディネータの先生
別の講師の先生・・・が入ることによってまた新たな顔ぶれが増えました。
この作戦を考えた学校長も参加、
そしてたまたま美術の授業を見に来ていた県外の先生にも参加してもらいました。
mentor3.jpg

今日の話は授業のユニバーサルデザイン化について。
バリアフリー化ではなくユニバーサルデザイン化。

講師を務めた先生は昨年現場を離れて大学へ特別支援の勉強をしに行かれた熱心な先生です。勉強してこられたことの一部分かもしれませんが、こういう場で披露していただけて感謝です。

初任者にとっても有意義な時間になったようです。
posted by kazyhazy at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 校内研 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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