2017年02月10日

校内研日和(25)課題と展望1

2月ともなるとそのそろ「まとめの時期」ですね。
校内研も今年度の成果と課題を整理しなくてはいけません。
この連載の冒頭でも述べました通り、よくある校内研のような「結論ありき」ではやらないことに決めて1年間やってきましたので毎回が冒険のようで、私も随分と勉強させていただきました。
今から思えば初期のころの研究方針に反省点も見つかりました。
それを言えるのも「結論ありき」でやってないからであり、
「こんな事やったら思った通りウマくいきました。めでたしめでたし」
という風には終わらないつもりです。
紀要原稿画像.jpg
これは研究紀要の原稿です。
これまでやって事や作ったものをズラッと集めただけですが、ここに成果と課題を書き加えて仕上げようとしているところです。

最後の研究会の外部講師さんの講話はこんな言葉でまとめられました。
「わからなかった時に『わからない』と生徒が教室ではっきりと言えるのならそれは素晴らしいこと。それは学校が変わり、授業が楽しくなる兆しである。」と。
この言葉は実は他でも聞いたことがあります。
他校の校内研に見学に行ったとき、別の外部講師さんの講話の中でも聞いたようで、自分のメモが残っていたりします。
確かに生徒が素直に「わからない」と言えるのは良いことだと思いますが、「学校が変わる」ほど大げさな事ではないだろう・・・と思いながら、
講師さんが最後に言われたのだから「大事な事なんだろう」と心に留めて、まとめ作業の方へ思考を進めていったのですが、しばらく考えた後に私が思ったのは
「なるほど、確かに学校が変わるし、授業観もひっくりかえるじゃないか」
でした。
今日からしばらくは、私の頭に付き合ってください。
どう考えたからソコに行きついたのか、書いていこうと思います。



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2017年02月07日

校内研日和(24)

1月の末に最終の校内研全体会(校内職員の全員研究会)をやりました。
これで年間のスケジュールがほぼ終わったことになります。
レジュメというか当日のタイムテーブルはこんな感じです。
kounaiken03.JPG
3、4校時を公開授業にして、5校時を研究授業にしたので10:50から17:00まで私は休む間もなく走り回っておりました。
赤く印をつけた通り「授業研究会」「研究協議」という2本のグループ協議を入れて両方のファシリテーションをするだけでなく、15:10の「アンケートの結果報告」なんかも私の方でやらせてもらってますので、もう梶岡の独壇場という感じですか(笑) 
へとへとでした。
「授業研究会」は毎回やっているものなのですが、今回は1年間のまとめの全体会ですから、アンケートの結果やこれまでの活動を受けて「この一年で我々は何を獲得したのか」「次に何を目指すべきなのか」について話し合う必要があるのは当然の事
だから協議会が二つあるというのも、当たり前と言えば当たり前の話です。
kounaiken04.jpg
今は受験の時期ということもあって学校も落ち着きません。だから今日の昼休みなんかも3年生の廊下で立ち番をしていたのですが、本校生徒指導主事も同じように考えたのか同じ場所にやってきて、二人で見張りながら話をしました。
主事「先日の校内研ですが、とても勉強になりました。」
梶岡「そう言ってもらえると、ありがたいなあ」
主事「みんなの頭がフル回転して考え始めるようなアイデアを次々に投げ込んできますねえ」
梶岡「ということは各グループとも、活発に意見が出てたんやな」
主事「生徒指導部会でも年度末の反省をするんですけど、やりかたを教えてくださいよ」
梶岡「学び合いの研究会なんだからわかるやろ。生徒にやっているのとまったく同じやで。まず情報共有できる話題提供で同じ土俵に乗せて、魅力的だけども少し遠い課題をテーマにすれば自然とそうなるやろ」
・・・・なんてことをボソボソ話しながら廊下に立っていた訳です。

学び合いが有効であることは、対話による鑑賞を経験された方はわかると思います。
生徒の力を信じて、授業を生徒同士の対話へ委ねる時にはちょっと勇気がいるかもしれませんが、あのダイナミクスを知った今では、もう昭和の授業には戻れません
我々教師も生徒と同じです。仮に「研究主任や講師が前で延々とレクチャをして、先生方は全員黒板の方を見てノートをとる」なんてところを想像してみてください。流れてくる話を耳に入れるということ以外に広がることなく、そこには対話から生まれるインスパイアもありません。(職員会議が今そういう感じです。無駄が多く時間がかかる割に大した結論には至りません。)

そんなことをしなくても大きな目的だけを示して、後は任せてしまえばたくさんの頭脳が一斉に解決に向けて動き出すと思うのですが違いますかね?

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2017年01月24日

メンター制の研修(5)

メンター制の研修(5)という表題を見て
「ああ そんな連載もあったなあ」
という感じだと思いますが、そういう活動もちゃあんと続けております。
3学期になってすでに先週1回実施。今週は明日に1回予定しています。
画像にあります先週の研修会(勉強会?)では、初任者だけでなく希望する若手教員を含めて10人の集まりとなりました。
IMG_1697.jpg
◆コーディネーターへの委譲
定期的に開催されるように裏で糸を引いているのは私なんですが(笑) 勉強会の開催と進行はコーディネータの先生が担当してもらうのが本来的ですね。つまり、コーディネータから講師役の中堅教師に話題提供を依頼してもらい、若手教師への参加呼びかけもしてもらうというのが良いカタチだと考えている訳です。
今回は今までよりコーディネータの先生に頑張ってもらうことができ、半分くらいはそれを達成することができました。段々と手を離れて行って梶岡が消え去っても自然に開催されるのが理想です。

◆3学期だからこそ響く内容
今学期は「学級経営」関係の内容を多い目に準備しています。だからこそ若い先生の参加があったのだと思いますが、これは今が3学期であることと関係があると思っています。
この一年の反省なんかも踏まえて「次の4月からどうしようか」とか「新年度からもっとうまくやりたい」と若い先生が考えるのが学級経営だということですね。
4月から正規採用が決まっている講師の先生なんかは毎回休まず熱心に参加してくれています。4月までに勉強できる「貴重な機会」ですから。
初任者以外には参加の義務のない勉強会なのに人が集まるというのは、本当に必要な研修の時なんですよね。

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2017年01月19日

校内研日和(22)

全国の校内研で頑張っておられる皆さん。
もう3学期です。
これまで毎回公開授業を見て・・・・毎回授業研究会で話し合って・・・・毎回講師講話を聴いて・・・・というように活動を進めていると、なんか同じことをやっているみたいでアセリませんか?
この時期ともなると、まとめるのか・・・方向性を見出すのか・・・・次年度への課題や成果を見出すのか・・・
という風に、いよいよ何らかの動きが必要になってくる時期だからです。

そんな時に「何か新しい活動へ進展させなきゃ」と取り組みを増やしたり約束事を増やしたりしてしまうかもしれません、(その気持ちはわかります)
しかし、焦らないで基本のPDCAで考えてみましょう。
これまでの実践は行動ですから「D」(do)ということになりますが、毎回同じように実践したり、何か取り組みを増やしたりすることは「D」ばかりを肥大させていることになりませんか?
anq.jpg

3学期のまとめや次年度への課題なんかは、言葉の通り「A」になる訳ですから、「D」と「A」の間に挟まれているのは・・・・「C」しかないことが分かると思います。
つまり、やるべきはチェック・・・確認や振り返りですね。

という訳で本校では教師向けアンケートを作って実施しました。
(ちゃっかりと2学期の終わりに)
2学期の終盤まで校内研を進めてきて、「学校はどういう状態か」、「生徒はどうなったか」を問いかけるアンケートです。
アンケートに答えることで先生方自信が振り返って考えるので、回答者自身のチェックになります。
そして回収したアンケートを集計することで研究自体が評価され、どこが成果でどこが課題なのかが見えてくるチェックになります。
アンケート結果.JPG
アンケートという形ではありますが、データよりも「校内の先生方の気持ち」を知ることができるのが貴重です。実際に研究がどれほど進んでいようと校内の先生方の理解を得られていなかったり、達成感が無かったりすれば意味がないわけですから「気持ち」がどういう状態になっているのかは校内研の根幹にかかわります。
校内研における<span style="color:#CB0000;">研究の主体は研究主任ではなく、校内の一人一人の先生方ですから。
だから今「校内の学び合いがどういう状態なのか」を斟酌するのではなく「どういう状態だと認識しているのかがわかるようなアンケートにしたわけです。

これで、先生方の「ここをもっとこうしなきゃ」「ここが難しくてうまくいかなくて・・・」という気持ちに応えるような「次の手」を打つことができます。
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2016年12月12日

校内研日和(21) セリグマンの犬 4

今日も3学期の校内研用教師向け資料を作っておりまして
ヒドゥンカリキュラムについても触れている箇所があります。
そこではこんな例文を使ってました。

ある教師が、あまりにも授業がうますぎるため
生徒は自分の頭で考えなくなってしまいました。


まあ、本当に授業がうまい教師は生徒に考えさせるように授業をすると思うので完全なフィクションなんですけどね。
pallette.jpg
さて過去のこの記事 (link) を皮切りに進めた鑑賞授業の紹介では、鑑賞における4種類の発問のそれぞれに対してプラス方向のヒドゥンカリキュラムを(たしか)掲載した(はず)。

鑑賞の最初は
「何が描かれていますか」「何が見えますか」
で始めることが多いと思うのですが、これを例にして説明しますね。

◆意図しているこの発問の意義は・・・
作品の情報共有の側面が大きいと思います。生徒はそれぞれ自分が興味のある所を見ますから、ある生徒が「ここに○○が描かれています」と発言すると「えっ?本当だ。気づかなかった」となることもしばしばです。
そして、たくさんの生徒たちが発表した「見えたもの」黒板を埋め尽くして初めて作品は生徒たちの前に現れるのです。つまり鑑賞の同じ土俵にやっと乗ったということですね。
これで対話が可能になります。
これをしないで授業の後半に進んでしまうと、ある生徒が作品に対する解釈を述べた時に他の生徒が
「けど、ここに○○が描かれてるから、その解釈と矛盾するんじゃない?」
なんて言われたりして(言われること自体は良いのですが)
「あっしまった。気づかなかった。それに気づいてたら別の解釈をしたのに」
不本意な修正をしなければならなくなるのは残念です。

授業に回り道はつきものですが、こういう不本意な回り道は避けたいものです。
解釈が深まるような修正ではないのですから。

◆意図しない効果(ヒドゥンカリキュラム)の方は・・・・
実際にやっておられる方はわかると思うのですが、この発問はオープンクエスチョンで正解は一つではなく、自分が気づいたことを言えばよいので難易度も低いです。
だから、たくさん手が上がって、授業開始時のアイスブレイクの効果があります。
また、教師が答えを知っていて「それを当てる」ような授業ではなく「自分の頭で考えて良いんだ」という授業の性格付けにもなっているようです。
多くの意見が出るので、他者が自分とは違う見方をするということもここで認識されます。

いつもこの発問のことを「珠玉の発問」と言っていますが
本当にこれを教えてくれた方々(アレナス? 上野先生?)には感謝です。

おっと、そういえば次のアニューの講師も頼まれていて
「今度は鑑賞の話をしてくれ」
って言われていたんですが、こういう話をすれば良いのかな?伊藤先生。


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