2016年09月04日

授業を見る 授業を作る(12)

久々の「授業を見る・作るシリーズ」です。
タイトルにナンバリングするときに(12)で良いのかどうか、過去記事にさかのぼって見なきゃいけないほど久しぶりになってしまいました。
(夏休みの間は授業が無いですからねえ)
さて今日の画像はこれです。↓
IMG_0034.JPG

なんだ なんだ
調理実習でもするのか?という感じですがよく見ると粘土ベラがあります。
そうです。
例のツノの授業の準備なのです。
骨組みができたら粘土を使いますから
粘土とこれらを使って遊んでもらおうというモクロミであります。

ザルに粘土を押し付けたら、隙間からウニュっと出たりして、櫛でひっかくのも面白そうです。
これは(造形遊び的になってしまいますが)ツノに付ける粘土のマチエールを探求的に模索するための仕掛けです。たっぷり遊んでもらおうじゃないか!

個人的に気に入っているのはタマゴ用のこれ
IMG_0035.JPG
自分も生徒になって、粘土をこれにセットして「バサッとやってみたい〜」という気持ちで胸がいっぱいです(笑)

夏休みのパトロールでショッピングモールを巡回するとき、たまたまY先生と同じ日に同じコースが当たっていたので
「よしっ!この日だ」
とばかりに、パトロールのあとで100均ショップに行って、持ちきれないほど爆買いしてきたという訳です。

さあ、生徒たち!たっぷり楽しんで探求してね〜。


posted by kazyhazy at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

発展途上人間の悩み

実は、ここ数日、いくつもの原稿に追われ
書きまくっていました。
夏休みなのに、会議も部活も入れていないのに
学校へ行って、一日中パソコンに向かって
ひたすら印刷する日々でした。

それなのに、このブログの方もかなりの分量の文章をアップしたりして
まったく矛盾しています。

という訳で、書いた原稿に一部を持って土日は出かけておりまして
ブログの方は更新できませんでした。
IMG_0514.jpg

このブログも4月にさかのぼって
いくつもの連載を並行して書いているので、
なかなか現実時間に追いつかないなんてことを以前に書きましたが、
今日のようなリアルタイムの出来事が増えてくると
なかなか過去の分が消化できません。
明日も大きなイベントがあるので、しばらくは現実時間の内容で更新しますね。

普段は指導案など、他の人の書いたものを直す立場なのですが
ここ数日は、自分の書いたものを大先生に直される立場でした。
これが、何とも言えない心地よさです。

つねに現在進行形で生きてきたので
実践をまとめることの難しさも痛感しました。
つまり、ある程度の成果が感じられれば
そこでまとめることができるんですが、
私の場合は発展途上人間ですから、まとめている途中に新しいステージに行ってしまうんですね。だから、本当にまとめるのが下手で、なるべくそういうのに左右されないキーワードや構造で説明しようとしてしまうんでしょうね。(骨と肉とか、しずくと波紋とか・・・・)

まあ、とにかく勉強になりました。
一緒に勉強したみなさん、アドバイスありがとうございました。
posted by kazyhazy at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

授業を見る 授業を作る(11)

「ある朝、あなたが目覚めると頭から何かが出ています。驚いて鏡を見ると、それはあなたの心で思っていたことや願いが頭から出ていて、それを見たあなたがラッキー!と思えるようなものでした。」
・・・と、生徒に語りかける所から始める授業。
これをどう整理して、どう現実にしていくのかという相談になるのですが、ここから先はちょっと書くのがタメラワレマス。
というのも、自分なりには精一杯指導しているつもりでも、きっと抜けているところとかがあって
「なんちゅーヌルい指導をしとんのや、おまえは」とか
「その考え方、間違ってるのとちがうか?」とか
「もっと、こういう風に授業を作らなきゃ」という、お叱りの言葉をたくさんいただいて

炎上したらどうしよう(笑)

な〜んて心配するほどのアクセス数じゃないんですけど。
冗談は抜きにしても、やはりアドバイスはいただきたいです。
炎上なんてことをヌケヌケと書いておきながら、指導内容もヌケヌケですから
(うまい!)

DSCN0622.jpg

前回のツノのマイナスイメージの次に気になったのは「美術という教科としての学び」でした。
「朝起きたら頭の中で考えていたことがウッカリ漏れ出すのなら、なんか耳からゼリー状のものがダラッと出てくる方が、話としては自然になってしまうよ」
「確かにそうかもしれません。あんまりキレイな感じになりませんね」
「そうそう。そして、野球部の子なんかはそのゼリーの中にグローブやバットが入っているとか」
「この設定だったら、そうなってしまいそうです。」
「野球部の子は全員が同じような作品になりそう。それに全員がゼリー状なら、作るときに工夫の余地もあまりなさそうだし。テニス部の子らは頭からラケットが生える感じになっちゃっていいの?」
「私はもっと動物のツノのようなイメージだったんですけど、そこに生徒たちの好きなものがぶら下がっていたりして・・・」
と、生徒に見せるために集めた画像(鬼の面とか)を出すけれど、生徒の気持ちになってそれを見ても何をするのかイマイチわかりませんでした。
「仮面づくりをするんじゃないんだから、この画像では授業が迷走するよ。」
「何かが生えてきたって言うよりツノだってこと、ツノを作るんだってことを前面に出せば?」

「そうかもしれません」
「それに具象なのか抽象なのかの整理もできてないかも。」
「どういうことですか?」
「バットとかラケットとかをツノにつけるってことは、具体的なものを作るって所が制作の指針になってしまう。」
「そこまではわかります。」
「たとえば動物の角でも、なにもぶら下がっていなくても、その形状になんか威厳があるなあとか、なんか繊細な模様だなあとか、もののけ姫に出てくるアレなんか幻想的だったり不思議な力を感じるとか・・・あるでしょ? それが抽象・・・って、こんな説明でわかる?(笑)」

なんかこんな会話をしながら(記憶違いもあるかもしれませんが)授業を練っていったわけです。
結局、紆余曲折を経て、上の画像にある、授業者のYさんが作ったワークシートのように
「頭から私らしいツノが生えてきた?」
・・・・という題材名になりました。

◆「私らしい」を考えるところが主題生成(発想)
気が強いとか、おしゃれに興味があるとか・・・
「私らしい」ってどんなのかを考えるとそれが「強そうでいて少しおしゃれな感じのツノ」というような、作るツノのテーマになります。

◆どうすればそのテーマを表せるのか(構想)
具体的な物を使わずにツノの形状や色で「強くておしゃれ」な印象をどう生み出すのかを考えます。
ここは生徒にとって、なかなか手ごたえのある課題かもしれません。

◆頭部のどこに付けるべきか、材料をどう使うか(技能)
針金の芯材を頭に巻き付けて、どの位置にどういう角度なら崩壊しないで作れるか
粘土の特性を生かして、どのような表情を生み出せるか

日曜日の半日を使って話し合い、ここまで持ってくるのが私の限界でした。
進度の早いクラスがひとクラスだけあって、翌月曜日には発進(笑)しなければいけない授業だったのです。
時期は、以前の記事で言うと「教委訪問」と「幼稚園実習」があった頃です。
そういう忙しい時期ならではのドタバタでありました。
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2016年07月25日

授業を見る 授業を作る(10)

「生徒の頭から生えてくるものを作りたいです。授業の最後にはそれを頭につけて記念撮影ができるのが良いです」
・・・という驚きの発想から始まったこの授業ですが、この話を聞いた時に一瞬頭をよぎったイメージがありました。
(我々の年代しかわからないかもしれない)これと・・
35a6854d.jpg

これです。(名作です)
ico-ico-and-yorda.jpg

転校生にツノが生えてようが空を飛ぼうが、みんな大歓迎で受け入れる学園生活という明るいイメージと、
ツノが生えた状態で生まれた忌むべき子供として迫害され生贄にされようとしている悲しい物語のイメージです。

ケガをして頭から血が出たり、たんこぶができたりと、頭から何か出ている状態というのにはマイナスのイメージが付きまといます。桃太郎に退治される鬼じゃないですが、人と違った容姿に対して「普通じゃない」と蔑んだり、モンスターとして撃退しようとする心情って、子供であるほど強いのかな?と、ちょっと心配をしました。
そういう方向を助長するような授業にしてはいけないなあと、(授業者本人には言わなかったかもしれませんが)心に留めたのでした。

「生徒に、いきなり頭につけるものを作るって言っても何のことかわからないと思うけど、授業の最初にどう説明するつもりなの?」と聞くと
「ある朝、あなたが目覚めると頭から何かが出ています。驚いて鏡を見ると、それはあなたの心で思っていたことや願いが頭から出ていて、それを見たあなたがラッキー!と思えるようなものでした。」と伝えるつもりなんだそうだ。(苦笑)

どうやらマイナスイメージの心配は不要かもしれないと思いました。
それと、A表現(1)の内容項目「想像したことなどを基に主題を生み出し・・・」に一致させようというフシが見られ、(まだまだ整理は必要ですが)聞いていた講師時代の授業よりも(ここ数か月で)ずいぶん成長してるなあ・・・なんてことを思ったりしました。

ただ、実際に授業にするには、まだまだクリアしなければいけない部分があります。(骨と肉です)
それをひとつひとつ相談しながら整理していく話はまた次回に。


posted by kazyhazy at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月19日

授業を見る 授業を作る(9)

初任研の期間中、初任者は忙しいです。
ただでさえ覚えなきゃいけないことが多いのに、
他の先生と同じように仕事があって、その上センター研修にも行かなきゃならない。

結局、新しい授業のための話し合いは日曜日になってしまいました
部活があるわけでもないのに、
成績処理の時期でもないのに日曜日に仕事であります。

で、初任のYさんが用意した原案は、
「生徒の頭から生えてくるものを作りたいです。授業の最後にはそれを頭につけて記念撮影ができるのが良いです」とのこと。
さすがは若いです。私なんかが考え付かないような発想が飛び出してきました。
IMG_0184.jpg
今は、すでに授業が始まっているので、針金で骨組みを考えている場面の画像があります。

しかし、相談を受けた時点では、まだまだ詰めないといけないことが沢山ありました。

話を聞いたこの時点で私の頭の中では、
まず、立体制作であるということ。A表現(1)なのか(2)なのかは未定。主題や構想をどこに設定するのか未定。針金で骨格を作って粘土で仕上げて彩色も可能・・・・と把握しました。

そして、最後の授業での撮影会という「結果」が先にあって、後から「経過」をこれから考えなければいけないという、題材開発においてはマズいシチュエーション。

さらに、作品制作は授業の目的ではありません。言わば学習の「手段」です。ですから目的が決まっていないのに手段が先にある状況だと言い換えてもよいと思います。

でも、生徒をよく知っているYさんが、「こんな活動が今の子らに向いている」と判断したこと。これは貴重です
実際、今進んでいる授業で生徒たちは生き生きと取り組んでいるので、この判断が正解であることは後になってわかることになるのです。

美術の授業を組み上げるには、学びをどこに設定するか、主題生成の指導は生徒の生活や体験に根差しているか、制作時に自分で工夫するような活動になるのか、評価との整合性は・・・共通事項は・・・と難関パズルのような至難の業なのですが、その中でも「生徒がやりたいと思える」という条件が一番難しいのかもしれません。

それを女のカンなのか、若さなのか、「これだ!」と思ったその判断を尊重することにしました。
「とほほ」という気持ちは正直ありましたが(笑)、それを大事な軸にして「他の部分をちゃんとしてあげなきゃ」みたいな親心でしたとさ。
posted by kazyhazy at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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