2016年11月15日

授業を見る 授業を作る(21)

授業の骨格部分は生徒に分かるように具体的に説明しないといけないし
肉付けの部分は生徒の考えが広がるように促さなければいけません。

なんてことを言ってたら翌日・・・
職員室に居てる時に、1年のある先生がやってきた。
初任者Y先生のクラスでなんか、話し合いがまとまらないようで
すでに休み時間にまでオーバーしているので
次の授業のクラスのために美術室のカギを開けておいてほしい
・・・のだそうだ。

よしきた! とばかりにカギを持って美術室に行くと
すでに廊下は混雑状態。
教室が空いていないので次のクラスがドアの前で待っています
ドアを開けて生徒を入れたとたんにチャイムが鳴りました
「あらら、時間が来ちゃったよ」
と思ったけど、緊急事態なので仕方がないっす。
初任者Y先生の授業の時に、後ろで授業を見ているオッサンという認識で、一応生徒たちも知っていると思うので
授業を始めることにしました。
チャイムが鳴っているのに放っておくわけにもいきませんから。
pict05.jpg
修学旅行5割バッターの私。
ずっと3年生所属だったので超〜久しぶりの1年生の授業です。
なんかもうワクワクでした(笑)

進度を確認して
「家で書いてきた課題を班の中で時計回りに隣の人へまわしてください」と指示。
まずは情報共有しなきゃ何の話し合いもできませんから。
かといって「情報共有しなさい」と言っても意味不明ですから具体的な指示へ変換しました。
すかさず「めあて」を言います。
「班の中で、この案がユニークだ・視点が面白い、というものを後で発表してもらいますから、発表できるように意見を出し合って相談しておくこと」
・・・と教師が言うのはここまで。
ここで、どんな作品がユニークなのかを誘導するような説明は不要でしょう。
それは班の4人が知恵を出し合って学ぶところだからです。

ピクトグラムを作るという課題の難しいところは
放任で授業を進めれば大半の生徒が「廊下を走るな」「授業中は静かに」的な「作りやすい標識」に流れてしまいそうなところです。
「廊下を走るな」のマークを作っていいのは先着3名まで!
・・・な〜んて授業はできませんから
生徒自身が、安易なところで立ち止まらないで、もう一歩前へ追及しようとするような場を設定してやる必要があるのではないでしょうか?


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2016年11月13日

授業を見る 授業を作る(20)

教委訪問のあと
示し合わせたかのように授業研究が始まりました。
「何とかせねば!」と二人とも思っていたんでしょうね。
事前授業を見た後も進め方を変えていますので
この本番後の変更で2回目になります
指摘されたところをしっかり固めて・・・また授業を見ます。
pict04.jpg
そして授業の後でまたまた検討します。
随分よくなったけど、子供の造形的な思考にそぐわない進め方が残ってる。
さらに授業が変わった分、ワークシートも改良して印刷し直さないといけません。

3回目の変更を試した同じ日の別のクラスで4回目の変更授業をすることもありました。
10クラスもあるので、どのクラスがどのパターンだったか、もうわかりません(笑)

その日の放課後。
どうしても教師がしゃべりすぎの傾向があるので、そこをどうすればいいかの相談です。
説明しすぎて子供の思考を奪っている」
という話をした舌の根も乾かないうちに
説明不足でどうすればよいのか子供が迷走している」
という一見矛盾した指摘をしました。

どういうことかというと
ずいぶん以前にこのブログで書いたことのある「骨と肉」の事なのです。
授業の骨格部分は生徒に分かるように具体的に説明しないといけないし
肉付けの部分は生徒の考えが広がるように促さなければいけません。

生徒が発想を巡らせて、色々と考えるべき部分で
教師があれこれ説明してしまっていたり、
まさに活動が始まる時に、
何のためにこの活動が必要で、どう動くのかが明確でないという状態

・・・これは避けねばなりません。

なんてことを言ってたら翌日・・・
まさか自分がこの授業を実践することになろうとは・・・!!つづく

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2016年11月11日

授業を見る 授業を作る(19)

先月紹介した中美連滋賀での鑑賞の研究授業
あれも事前に指導案を見ていてオッケーしたのに実際に授業を見てびっくりという話でした。
今回の教委訪問に向けたピクトグラムも同様で、
指導案に現れないプレゼン画面の内容とか、生徒との応答が私の予想外だったので
「まさかソッチへ行くとは思わなかった」
みたいなことになった訳ですが・・・実はもう一つあります。

本校で進めている校内研究の授業が先日ありました。
中堅理科教員の理科の授業だったのですが、それも事前に指導案を見せてもらってアドバイスをして直してもらってオッケーを出した良い授業案だったのですが、これも授業を見てビックリでした。
授業後の研究会で生徒観察チームからは
「生徒があまり学べていなかった」
と報告があり、理科の専門チームからは授業計画の改善が提案されました。

私がオッケーを出した指導案は
もうこれで短い期間に3連敗です。
pict03.jpg
何でこんなことになったのかちょっと考えてみました。
「指導案なんかで授業はわからないよ。当り前じゃないか」
とおっしゃる人もいるかもしれません。
実際確かにそうだったわけですが、それは考え方が周回遅れしてます。

本来指導案というものは、それを読んだ者がまったく同じ授業をできるというものでないといけません。そうでないのならそれは一般化できていない不完全な指導案ということになります。
それを踏まえたうえで考えると
近年目指している授業のスタイルと無関係ではないと思うのです。

最近あちこちで書いた自分の文章を思い返してみると・・・
◆生徒が「私がこういう解釈を発言したから授業がこう進んだ」と思うような・・・
◆生徒は良い授業の録画を見ているのではなく生放送に参加しているような・・・
◆その時その場に居るものだけが生み出せる奇跡のようなナマモノみたいに・・・
◆生徒の考えを聞いて、生徒の呼吸に合わせて、授業がどこに進んでいるか見極めて・・・

というようなフレーズだらけです。
これでは計画通りに進むことを期待していない文言ばかりと言わざるを得ません(笑)

「だから言っただろう。イマドキ指導案なんか古いんだよ」
じゃないよ周回遅れ君。
生徒の呼吸に合わせて、場を見極めて生放送の応答ができるということが難しいんです。
私が見た3人はどれも
「これからの勉強のために授業を公開してよ」
と頼んだ人ばかり。
そういう応答ができて当たり前と思うのは酷です。
そこに見込み違いがあったのでしょうね。

つまり、指導案はやはりあれで良かったのです。
そういう応答をこれから勉強すれば、あの指導案のままでもきっと良い授業になるのだと思いますよ。
posted by kazyhazy at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

授業を見る 授業を作る(18)

指導案は良くできていて、随分書き慣れた様子。
書き方は良いんだけど、昨日も書いた通り「生徒主体」には見えませんでした。
まず、そこを何とかして生徒が見て考える活動にシフト。
そして、間違いやすい発想構想の部分。
どの部分で発想を拡散させて、どういう風に構想へと収束するのかを整理ました。
それらに合わせてワークシートにも改善の手を入れました。
そして教委訪問の日。
pict02.jpg
授業を見るのはこれで2回目。
前よりは随分よくなってるのでチョット安心。
しかしその後の指導講話でショックを受けることになるのです。
・・・というのも、私自身が指導しきれなかった部分がはっきりしたのでした。

美術という教科の難しさみたいなのがあって
他教科以上に授業として成立させるハードルが高いようなのです。
主題や発想やイメージといった「目に見えないもの」の機能を授業構造の中で意味を持たせないといういけないこともそうですし、一方通行で教師が教えるのではなく生徒自身が試行錯誤しながら獲得していく形にしないといけない部分なんかもそうでしょう。

私自身がそれに捕らわれすぎていたようで、そういう部分だけを指導・改善してたのでしょう。全教科に共通する、「授業だったらこれを考えなきゃいけないでしょう」ともいうべき「授業のめあて」が弱かったのです。
そこをズバッと指摘されました。
「授業のめあて」というのは「授業の目標」に似ているんですが、
例えば「その授業でピクトグラムの良さや機能について、理解したことを級友に説明できるようになりましょう」みたいな感じです。
抽象化された「授業の目標」ではない、より具体的な生徒の姿であったり着地点であったりします。

授業をすることで変容する生徒の姿をイメージすることなので
これがあやふやだと授業がブレます。
美術の授業であることを意識するあまり、この視点が抜けていたのでした。

教委訪問の当日は指導主事3人と大学教授1人の計4名の訪問。
(ちょっとウチは特別な研究なので多いです)
4人から鋭い指摘を受けて初任者3人は良い勉強になったと思いますが
一番ショックを受けて反省していたのは
実は私だったという訳です。

posted by kazyhazy at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月09日

授業を見る 授業を作る(17)

ツノを作る授業も終わって、初任者Yさんの新しい授業です。
前回がA表現(1)→(3)のパターンだったので
「次はA表現(2)→(3)にしてね」
とお願いしていたのでこんなのになりました。
pict01.jpg
学校に必要なピクトグラム(表意図記号)を作る授業になりました。
見る人に意味が端的に伝わらないといけないので、達成できれば(2)になります。

これを実践されている先生も多く、参考になるものも集めやすく
彼女も講師時代に経験があるとのこと。
これはスムーズにいきそうです。(?)

丁度初任研の教委訪問が再び近づいてきました。
訪問の時は指導案を事前に送らなければいけません。
・・・ということで、授業作りのアドバイスは、同時に指導案の添削も兼ねることとなりました。

当然、初任研ですから3人分です。(理科も技術も)
3人の指導案を見て何度か直して、進度の速いクラスで一度授業をやってもらって、またまたアドバイスをして・・・というのを3人分ですから中々「トホホ」な日々でした。

さて美術のピクトグラムですが
参考になるものを使って、春から半年間やってきた授業作りの筋道に当てはめればスムーズに合格点をあげられると思ったのですが・・・・
「講師時代に一度経験がある」というのがマイナス要因でした。
経験があったり色々と知識があると、ついついそれを活用したくなる。
つまり・・・
教師が教えるタイプの授業方面にバイアスがかかってしまうのです。
このままでは生徒は聞くばっかりになってしまいそうです。
あれだけ口うるさく言ってきたのに、元に戻ろうとする逆風にビックリ。
さらに、指導案を直しただけではダメでした。
実際に授業してもらうとまたまたビックリで、
古いタイプの授業の引力は恐るべし!!なのです。

まあ、気持ちはわかります。
私自身が長い間その引力にとらわれていて
やっと脱出したばかりなんですからね。

それ以降、授業はクラスごとに何度も変更されることになるのですが・・・
その話はまた後日。

posted by kazyhazy at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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