2016年12月18日

その授業、いただきます(6)

ずいぶんと前の話。
まだ息子が小学生だったころ、ランドセルから落ちたプリントを家で見つけて愕然としました。
それは、どうやら図工の授業で児童に説明するときのプリントのようでした。
手描きだったのですが、再現するとこんな感じでした。
copy03.JPG

ほとんどヤラセのような作品制作。
何を描くのか、どこにどんなものを配置するのかの指定。
どういう主題なのか、なぜ子供たちがこれを作らなければいけないのかも不明
私の頭は疑問符でいっぱいになりました。
まあ、ここまでは授業のやり方の問題であって
授業のコピーの話ではなかったのですが・・・・・

別の日。
美術館でたまたま出会った附属小学校の図工のN先生にそのことを伝えると
「ああ、その作品なら知ってます」とのこと。
なんでも、前年度の児童作品展で入賞した作品そのままなのだそうだ。

授業をパクると言っても
生徒への良い投げかけを真似する・・・とか
良い題材設定を真似する・・・とか
自分が知らなかった素材を見て真似する・・・とか
これまでは「教師to教師」のコピーだったのですが
子どもの作品をそのままパクるというのは初めてで忘れられない出来事でした。

これは想像ですけど、図工が素人の先生で、題材に自信が無いんだけど、
児童作品展を見に行くぐらい熱心で、入賞作品に感銘を受けるぐらいの感性がある人だったのかな?
なんて思いました。
悪い人では無いと思うんだけど、
このコピーの仕方は児童にとっても不幸な出来事でした。

昨日の記事でも
例え美術教師でも「コピーの仕方」というものについて
議論が起こったり、問題点を指摘したりするわけですから
ある程度の理解がないとコピーも簡単ではないということでしょうか。





posted by kazyhazy at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

その授業、いただきます(5)

少し前に全国的な美術教育の研究大会がありました。
(私は見ていませんが)
そこで公開された授業が良かったようで、賞賛の言葉をたくさん耳にしました。
余りにも良かったせいか
「生徒の言葉に感動した」
「あれほどの話し合いはウチの学校ではできない」

などという誉め言葉が飛び交ったようです。
copy02.jpg
あくまで誉め言葉であり、好意的に受け止めておけば問題はないのですが
(言った先生方も全然そのつもりは無かったと聞いていますので誤解なきよう)
◆「うちの学校では無理だ」という意見は思考停止でしかない・・・
◆授業をコピーしようと思ったら「コピーできないレベルだった」と言ってるようなものではないか・・・

・・・という風に問題意識を持つ先生方もおられ
ネット上を少しだけ賑わしたことがありました。

ここ数日はこのブログで授業のコピーをすることについて扱っていますが、
参考にさせてもらう魅力的な授業をどのように取り込んでいくのかを書いてきたつもりです。
そのネット上の議論での皆さんの反応も様々で、
「みんなこのことに関して色々と考えているんだなあ」とか
「たくさんコメントが付くところを見ると、みんな関心があるし持論があるんだなあ」とか
思ったのを覚えています。

その中でも・・・
我々は「生徒の実態」に合わせて授業を組み立てますから、授業の本質を抽出した上で「うちの学校の生徒ならどう授業を展開できるかな?」と考え、それを建設的に話し合うのが授業研究会。安易にコピー元を求めに行く場になってしまわない方が良い。(原文のままではなく、文意に合わせて梶岡が書き直しています)
・・・というような意見がありました。これを読んで、
本校のK君が三重県のIさんの授業をコピーするとき、全部コピーしたのではなく
・コピーしたいところだけを拝借した
・それ以外の所は、自分の生徒に合わせて題材設定した
・自分の生徒が実現できるように苦労して展開を改変した

というのに通じるような気がしました。

結局、「うちの学校では無理だ」という意見から始まった議論は
「誤解だった」という結論で
そんな失礼な意味ではなく、純粋に
「自分ではなかなかできないぐらい素晴らしかった」
という程度の誉め言葉でしかなかったらしいのですが
私にとってこの議論は無意味ではなく、色々なことに気づかされる一幕でもあった訳です。




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2016年12月16日

その授業、いただきます(4)

「自分の授業がどうなっているのかというと」
という連載でトリック写真が終わった7月ぐらいまで書きましたが、
その続きに書く予定なのが
「未来に発見される我々の化石」という授業です。
7月から10月くらいまでやりました。
こんな作品です。
kaseki01.jpg

今年はK君と二人で3年生の授業を担当しているので
二人ともがこの
「未来に発見される我々の化石」
という授業をやっています。

この授業、ずいぶん前にやりはじめた題材なので、
すでに多くの人にコピーされています
K君はもちろん、県内、県外を問わずです。

先日、市内で恒例の展覧会が近づいているので、K君に審査会へこの作品を持って行ってもらいました
私が授業をした化石作品とK君が授業をした化石作品を一緒に持って行ってもらったのですが
審査会場にはさらにS君が授業をした化石作品があったそうな。

S君は数年前まで本校に居た若手美術教師ですから
当然、転勤先にコピーを持って行ったということですね。
3者が授業をした同じ題材の作品が出そろったという訳です。

そして審査結果はというと・・・
S君授業作品が「特選」
K君授業作品が「入選」
そして、私が授業をした作品は「落選」というのだから参りました。(笑)

まあ、展覧会狙いで授業をしているわけではないし・・・
私の作品ではなく生徒の作品だし・・・・
なんて言い訳を言ってても仕方がないので今日の教訓

オリジナルが偉いわけじゃない。
たとえコピーであっても大事なのはその後の研鑽である。


とほほ


posted by kazyhazy at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

その授業、いただきます(3)

さて本校6年目の好青年K君は、授業に備えて色々と準備を始めました。
以前に紹介したトリック写真の授業の後なので、デジタルカメラも十分あります。
そして、進度の速いクラスで早速一回目の授業をしたのですが・・・直後の放課後に!
「助けてください」
と言ってきました。

どういうことかというと
一回目のクラスで授業してみたら生徒たちは
「自分たちには難しすぎるのではないか」
「どうして良いか、よくわからない」

というような反応だったらしいのです。

どんな授業だったのか、進め方を聞いて
プリント(ワークシート)を見せてもらって生徒の思考をトレースしてみました。
そして気づいたことがあったので、どこに齟齬があるのかを説明してみることにしました。
copy01.JPG

まずは、主題を生み出す発想の部分と、どういう作品になるのかを考える構想の部分を分けて考え、ワークシートもそれに準じたカタチに直すように言いました。
元のワークシートは、
「中学生活のどこを応援したいと思うのか」を書く欄があって
多くの美術教師が見落としがちな主題生成の部分をちゃんと押さえてあるところは(日頃から私がうるさく言っているせいなのかもしれませんが)たいしたものなのですが、主題の直下にアイデアスケッチを描く欄があったのです。

上の図を見てもらえばわかる通り、生徒の活動(思考)を3つに分けると、発想構想の分類と言語活動の分類にはズレがあると考えることができます。
構想でイキナリ美術の世界に突入するのではなく、構想の前半までを言語活動として話し合いの場を持ったり言葉で思考する余地を残してやれば良いというのが、私がアチコチで言ってる自説です。
真ん中の活動が豊かに展開できれば、非言語のイメージへ転化することがスムーズになるような気がしませんか?

その後K君は、何も言ってこなくなり授業も無事終了したようです。
あのアドバイスが功を奏したせいで授業が上手くいったのかどうかは知りませんが(おいおい)そんなことよりも気づくことがありませんか?

K君は、楽をしようと思って他人の授業をパクったのではない!ということです。
何度も質問に来るし、ワークシートは刷り直すし・・・
全然ラクではなかったと思います。

今日の記事からわかるコピーの極意の3つめは
楽がしたいからではなく、良い授業を作りたいからコピーすること。
そして、その後の改善研鑽を惜しまないこと!

・・・・という感じでいかがでしょうか?



posted by kazyhazy at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月14日

その授業、いただきます(2)

他の人の授業を参考にして
「自分もやってみたい」
と思ってやった時に、ナカナカうまくいかないこともあるのですが
今回はうまく機能したようです。
その原因の一つ目は昨日紹介した
「題材をコピーしたわけじゃなく、表現方法だけをコピーした」
なんですが、今日は二つ目に行ってみましょう。

これは三重県のI先生も滋賀県のK君も
「題材が(主題生成が)生徒の生活から乖離していない」
という共通点があったというのも大きいと思います。
copy.JPG
題材開発の段階で
「きっと美術からスタートしたんだろうな」
想像できる授業に時々お目にかかることがあります。
例えば、
◆最近は琳派もメジャーになってきたので、ここらで琳派風の作品でも作らそうか・・・
◆印象派の作品でも鑑賞して、絵画表現の変遷に結びつけようか・・・

というような感じです。
この二つは今日のブログのために今考え付いた例・・・ではありません。(笑)
ノンフィクションで耳にした言葉で、直後に出た言葉は「やめとけ」でした。
生徒からすれば琳派印象派も自分の生活には無関係で
唐突に登場した初めての言葉です。
それを学びたいと思える動機や、今それを学ぶべきだという理由付けが必要になってくるようなシロモノです。

一方、I先生とK君の方は
3年生が引退した時期に、中学二年生を激励する・・・とか
卒業を前にした3年生が後輩に残す言葉を考える・・・とか
生徒の生活の延長線上に主題生成があり、表現したい思いがあり
それを実現したくて工夫しているうちに美術の学びへとつながっていきます。
つまり
生徒からスタートして美術に到達する構造になっている訳です。
この共通する感覚がコピーをうまい具合に可能にしたのではないかと考えます。

まあ、これは良い授業を作るための条件であって
コピーを可能にした絶対条件ではないんですけどね。

次回は、コピーしてもうまくいった3つ目の理由を紹介しますね。
posted by kazyhazy at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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