2017年03月23日

授業を見る 授業を作る (最終)

初任者研修推進委員会と言うものが学校にはあります。
校長、教頭、教務、指導教官(私)、初任者3人、初任者が所属する学年の主任、初任者が担当する教科の指導員・・・という構成員で学期に一回ぐらい開かれます。
メインの担当者である私以外にも、
「みんなで君たちを見ているよ 支えてるよ」
というのを再確認するような場で、それぞれの立場からのアドバイスをして各学期を締めくくります。
今回は3月ということもあって、3学期の・・・というより「この一年の」締めくくりをしました。
これで1年間の初任者研修は「修了」ということになります。
初任者たちは1年を振り返って、気づいたことや次年度への目標を語りますが、
美術のYさんだけでなく、美術以外の教科の初任者も
「梶岡先生に授業というものの常識を覆された。」
というような意味のことを言うものだから、どんなことを初任者に言っていたのかな? と授業を参観したときのメモを見直してみました。
jugyou.jpg
◆根本的に「授業と言うもの」をまだ誤解している?
 先生が学習内容を生徒に「教えるのが授業」だとは思っていないか?
◆現在の○○先生の授業の状況
 @先生が授業をすすめて、私(生徒)はそれを見聞きする(お客さん状態)
 A先生の話が終わるのを私は待たなければいけない(たくさんの説明を聞く)
 B先生が黒板を書くのを待つ状況(写し取るだけでは退屈になってきている)
 C指名された他の生徒が意見を言うのを聞く(優秀な友達が考えてくれる)
 D授業全体が進行していくのを眺めて、答が出るのを待って写し取る。
 ・「主語」がすべて自分自身以外の者になっている。
 ・大半の生徒が傍観している立場になっている。
◆こういう授業へとシフトできるか
 @先生は、私がこれから「何を考えなければいけないか」を示される。
 Aこの授業が終わったときに、
  私が「何ができるようにならなければいけないか」を示される。
 B今から私たちに「何を解決してほしいのか」疑問や課題を投げかけてこられる。

 「授業の主体は私たちなんだから、私たちでこの一時間をなんとかしなきゃ」と生徒が思える授業を目指そうな・・・とこういうメモを渡したり、メモを見ながら話し合いの場を持ったりしていた訳です。

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2017年01月30日

授業を見る 授業を作る(27)

実は前回の「授業を見る 授業を作る(26)」の翌日の話なんですが、
展覧会の記事の方が続いていたので今日になってしまいました。
展覧会の方もまだ続くんですが、話題がズレ過ぎるのもナンなので、アップしておきます。

前回の記事に書いた、できれば今度は「机をわきにどけて椅子だけを持って全員がレプリカの周りに集まって鑑賞する」スタイルに挑戦してほしい・・・と言ってた翌日の話です。
IMG_1717.jpg
「プリントに書いている内容も大事にしたい」って言って、机のない状態に困惑していたようなので「今年はもうしないのかなあ」なんて思っていましたが、授業に行ってみるとなぜか机の移動を手伝うことになり、あれよあれよという間に画像のようなスタイルが実現してしまいました。

こういうスタイルでやって欲しいと言いながら私自身には(美術部の生徒以外では)こういうカタチでの鑑賞授業の経験がありません(笑)まったくもって申し訳ない話です。(平身低頭)
というのも、やはり全員が見えるほどのサイズのレプリカがあるというタイミングが条件なので、「やりたかったけどできなかった」というのが実情です。

横で授業を見ていて、「やはり一体感が違うなあ」と思いました。
全員で疑問点を考えたり、気づいたことを発表したり・・・ひとつの作品を全員で鑑賞してるという空気がそこにはあります。
もちろん手元の資料の方が印刷は良いし、同じ作品を見ていることは間違いないんですが、各班各テーブルに置いてある画像を個別に見ているのとは何か違うんですよねえ。
なんか生徒たちの笑顔も五割り増し(前日比)という印象を持ちました。
(計測したわけではないですが)

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2017年01月22日

授業を見る 授業を作る(26)

前回は風神雷神の鑑賞の「授業準備」のところまでしか書けなかったので
今日は、実際の授業の様子なんかを紹介しますね。

最初に実物大のレプリカに圧倒されたようで、生徒たちは近づいて見に来たりと興味津々です。
最初に「何が見えるか」「何を発見したか」という投げかけの時も
手元の教科書を見たり、レプリカの方を見に行ったりと生徒によって様々です。
ワークシートにはモノトーンで風神雷神が印刷されており、発見したことを書き込めるようになっています。色々と見つけたので書き込むことに没頭しているのが下の写真です。
IMG_1682.jpg
◆書く活動
このような「書く活動」を入れた授業であり、ワークシートもそのことを想定したものになっているので授業にはどうしても机が必要になってきます
できれば今度は「机をわきにどけて椅子だけを持って全員がレプリカの周りに集まって鑑賞する」スタイルに挑戦してほしい旨は伝えてあります。まあそれでも手を挙げて発表するのが苦手な子もいますから、書くことも大事にしたいんですけどね。その辺のバランスが難しいですよね。
私が見に行けたクラスは、初任者Y先生にとっては3クラス目だったみたいで、最初のクラスでの反応を見てワークシートが改善されてあったのが素晴らしいです。
鑑賞のワークシートって「最初に全クラス印刷しない方が良い」と言ったのは滋賀の女帝のI先生でした。全くその通りですね。

◆対話によるやり取り
3クラス目だけあって生徒の意見もうまく引き出したり、組み合わせたりしてくれています。
生徒:「風神と雷神は、先を争うように地上に災害をもたらしているように見える」
という意見が出ると・・・
教師:「他の人はどう?風神と雷神の関係をどう見てた?」と返します。
話題が両者の関係性に移ったのを逃さずにすくいあげることができました。(パチパチ)
生徒:「二人は協力関係にあると思う。二人の能力が違うので互いの力を合わせて嵐を起こすという役目を果たしているんだと思う」
生徒:「僕は二人はライバルだと思って見てた。ワザの力を互いに切磋琢磨する関係。」
という風に他の子からも手が上がります。生きた授業をしていますね。

◆解釈を楽しむ
授業の後で職員室でYさんから聞いた話ですが、授業後半の生徒の発言に、
「昔は台風や雷の原理なんかが科学的にわからない時代で、殿様が民衆を説得するのに”災害の原因はこういう神様だ”と説明することのできる作品だったのではないか」という解釈があったそうです。
そして、そういう解釈が生徒の方から出てきたことをすごく喜んでいました。
生徒にこれを教えよう あれを伝えよう・・・とついつい思っちゃうY先生ですが、
もしそうしてたら、こんな風に喜んだりはしなかったでしょう。
授業が想定外の所へ着地したことを楽しめるようになったY先生を見て、
--なんだか私までが楽しくなってきました--


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2017年01月21日

授業を見る 授業を作る(25)

中学1年生の鑑賞の授業がありました。
初任者Yさんには、1学期に絵画、2学期にデザインの鑑賞をやったんだから、3学期には歴史的、文化的なものを扱ってくださいねとお願いしてありました。
1学期に他校の鑑賞授業を参観しに行ったときに見たのが「風神雷神図屏風」でした。(過去記事参照)
全くのゼロから授業を作るよりもイメージしやすいだろうということで、本校1年生も同じ作品でやることに決めたようです。
IMG_1684.jpg
その1学期の(他校での)公開授業の時に使われていたのが、M出版からお借りしている実物大のレプリカでした。
授業をする県内の学校をアチコチ移動している、そのコピーの屏風を何とか手に入れられないかと探して、中美連の大会前日準備の時に「今はウチの学校にありますよ」という先生を見つけました。
前日準備の日でよかった。
「あすの大会当日に持ってきてよ」と無理なお願いを聞いてもらいました(笑)
中美連冬の大会の記事では触れませんでしたが、あの日は車の後部座席を倒して、受け取ったデッカイ屏風を積み込んで帰ったのでした。
これでYさんには実物大のレプリカを使って授業をしてもらえます。
IMG_1689.jpg
それまでにYさんからは、授業計画とワークシートの方も見せてもらっています。
それらの一部を研修の時間に少し直してもらったのですが、そのアドバイスをしながらちょっと面白いことに気づきました。
みなさんは
「授業の計画を直すようにアドバイスした」と聞いたら、
「計画の甘い部分を指摘して完成度を高めた」という印象を持たれると思います。
ところが、鑑賞の場合は往々にして逆の現象が起こるのです。

その時のアドバイスも、どちらかというと「計画」を少しだけ「無計画」に近づけることでした(笑)
というのも、あんまりガッチリと授業計画があると融通の利かない授業になります。
特に鑑賞では生徒がどう解釈して、どういう意見を言うかによって授業が変わります。変わらなければいけません。
ですから、授業のこの辺が「関節部分になりそうだ」と思われる部分を「どちら方向にでも曲げられるように」固定を緩めたという感じでしょうか?

しっかりと計画を組んでおいたらその部分は「本来ならフレキシブルに可動するはずの授業の関節部分」だった・・・なんてことに気づかされる経験は、私も過去にたくさん反省しておりますから。



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2016年12月25日

授業を見る 授業を作る(24)

今日は、本校の理科の初任者のK君の話なんですが・・・
最近このブログに登場する教師って「K」が多いなあ。
本校の若手美術教師もKくんだし、兵庫から本校に来たのもKさんだし、
心を花に託す授業で感心させられたのは群馬のKさん
かくいう私もだし。

ちょっと偏っているようですが間違えないでくださいね。
本校の理科の初任者のKくんの話です。
初任者研修の担当をしている私なので、当然理科の授業も見に行きます。
少し前ですが、たまたま見に行った日の授業で、Kくんは大きな発泡スチロールのケースをどーんと出して、中から大量のイカを出してきました。
その日はイカの解剖をする日だったのです。
ika.jpg
生徒の班は10あって、各班それぞれに配るだけのイカが箱に入っているわけですから壮観です。
普段、家の台所で見る量とは違います。(笑)
この学年は9クラスありますから、単純計算でも90杯のイカが必要になるということですね。
かといってナマモノですから理科準備室に常備されていた訳ではないはず。
授業が終わった後で
「あの大量のイカはどうしたん?」と聞くと
「もう一人の理科教師と朝5時に市場へ行って仕入れてきました」とのこと。
うわあ。そりゃ大変やなあ。

それを聞いたときに頭をよぎったのは
「他教科より給料を少し上げなあかん教科は、美術だけじゃなくて理科もやなあ」
・・・でした(笑)
(昨日の記事参照)

そして解剖の授業のあとの残骸は
「教室が昔のようにストーブだったら焼くのになあ」
という香りが漂っていました。


posted by kazyhazy at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 授業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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