2017年03月01日

学び研(大阪)その4

昨日はちょっと説明不足だったこともあるので続きを書きますね。
その記事で「育てたい資質・能力があって、それを育てるために(例えば)自画像などの題材がある。」というような上野先生が使われた例を書きました。
つまりこれは「資質・能力を育成する」という目的のために「各題材」という手段があるという関係ですね。
教科の構造を考える時に、あらゆるところに登場するのがこの「目的と手段」の関係です。

美術科には教科の存在目的があります。
美術を愛好する心情を育て、感性を豊かにし,美術の基礎的な能力を伸ばし,美術文化についての理解を深め,豊かな情操を養う・・・という目的のために美術科があります。
この大目標を達成するための手段として、各学年の目標が3つあります。
「略〜態度を育て 〜表現の能力を育て 〜鑑賞の能力を育てる」というやつです。
この学年の目標は、ここでは大目的を達成するための手段や分担と言う位置づけに成り下がっていますが(笑)次の内容項目でA表現(1)〜B鑑賞までが登場すると、「この学年目標を達成するために、手段としてこういう内容の授業をする」という関係になって、「目的」へと復活します。
目的と手段.JPG

さらに昨日の例で出した【「色と形を工夫して伝達する」という資質・能力を育てるためのピクトグラム】で言うと、A表現(2)の授業の内容項目が目的になって、それを達成するための手段が「題材」という(図の一番下の)関係になりそうです。

こうして手段だったものが目的に代わり、それを達成するための手段が下に登場し、その手段を目的としてさらに下に達成するための手段が登場するという繰り返しなのです
じゃあ、「資質・能力の育成を明確にして授業しなさい」と言われたときに「どの階層」をイメージして明確にしなければいけないのでしょうか?

上の方の階層を選択して、すでに学習指導要領に書かれている文言を使って「この資質・能力です」って言えばいいのか、図のもっと下の階層で「発想構想エリアで付けたい能力はこれで、技能エリアではこれ」と細分化して言えばよいのか、毎時間の最初に黒板に書く「本時のめあて」レベルでも良いのか・・・延々と繰り返される「目的と手段」のフラクタル構造の中で迷子になっているのです。

こんな疑問を田中真二朗先生にぶつけて、何度もメールのやり取りをしたわけです。
年長の大先生にガンガン質問をぶつけるのもためらわれたので、「年下の彼だったら言いやすいだろう(笑)」という計算ができるのは私の「能力」で、真摯に答えようとするのが彼の「資質」でありました。

昨日の記事のFBのシェアにもたくさんのコメントややり取りがあって勉強させていただいたことを感謝いたします。


posted by kazyhazy at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究大会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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