2017年02月19日

校内研日和(33)課題と展望9

例えば数学教師が
「今日は全員に二次方程式が解けるようになってもらいたい」
と考えたとします。進度的にもそこがベストです。
そして課題を生徒に示します。
昨日までのブログ記事のルールに則って解法は教えません
ここまでは理解してほしいという学習の到達地点の設定と、それにふさわしい課題を示すことだけが教師の務めなので、あとは透明人間になろうとします。
活発に対話している班も良し、黙って考え込んでいる班も良し。
しばらくして分かり始めると、それを班員全員と共有しようとします。
そういう班を誉めます。
周りが分かり始めたのに自分は分かっていないという生徒が「わからないので教えてほしい」と言い、そういう生徒も誉めます。
斯くして、教師が教えていた従来の方法なら生徒の理解度はテストの分布グラフのようだったのが、このような授業に変えてからは全員ができるようになりました・・・・というのが、私が考える「良い授業」のイメージです。(ただし基礎5教科限定です。)
manabiai04.jpg

これを良しとするならば、誤解していた部分があります。
生徒が鑑賞作品を見て、色々な解釈を生みだしたり、他人の発見に驚いたり、教師も気づかなかったような深い思いをくみ取ったり・・・こういうのが学び合いにふさわしい課題だと思っていた私は、基礎5教科にも同じようなことを求めていました
社会科なら「アフリカの国境線を見て気づいたことや考えを話し合いましょう」
みたいなのをすれば、他国に比べて定規で引いたような直線の国境線に色々な解釈が生まれるだろう・・・みたいな感じです。
こういうのだったら良い授業になりそうじゃん!と考えていました。

ただし、こういう課題の場合は、数学のように各班で「できた!」という声が上がるタイプの課題ではないし、全員ができたかどうかの確認も生徒同士でできません。
そもそも、どの状態をもってして「課題が解けた」と言えるのかが分かりません。
それに、こういう課題の場合はファシリテータが場を仕切る方が充実した時間になると思えるのですがどうでしょうか?
・・・ということは「学び合い」では、こういう凝った課題設定は必要なく「できた・できない」がはっきりしたものの方が良いのでしょうか?
悩みは尽きません。



posted by kazyhazy at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 校内研 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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