2016年12月12日

校内研日和(21) セリグマンの犬 4

今日も3学期の校内研用教師向け資料を作っておりまして
ヒドゥンカリキュラムについても触れている箇所があります。
そこではこんな例文を使ってました。

ある教師が、あまりにも授業がうますぎるため
生徒は自分の頭で考えなくなってしまいました。


まあ、本当に授業がうまい教師は生徒に考えさせるように授業をすると思うので完全なフィクションなんですけどね。
pallette.jpg
さて過去のこの記事 (link) を皮切りに進めた鑑賞授業の紹介では、鑑賞における4種類の発問のそれぞれに対してプラス方向のヒドゥンカリキュラムを(たしか)掲載した(はず)。

鑑賞の最初は
「何が描かれていますか」「何が見えますか」
で始めることが多いと思うのですが、これを例にして説明しますね。

◆意図しているこの発問の意義は・・・
作品の情報共有の側面が大きいと思います。生徒はそれぞれ自分が興味のある所を見ますから、ある生徒が「ここに○○が描かれています」と発言すると「えっ?本当だ。気づかなかった」となることもしばしばです。
そして、たくさんの生徒たちが発表した「見えたもの」黒板を埋め尽くして初めて作品は生徒たちの前に現れるのです。つまり鑑賞の同じ土俵にやっと乗ったということですね。
これで対話が可能になります。
これをしないで授業の後半に進んでしまうと、ある生徒が作品に対する解釈を述べた時に他の生徒が
「けど、ここに○○が描かれてるから、その解釈と矛盾するんじゃない?」
なんて言われたりして(言われること自体は良いのですが)
「あっしまった。気づかなかった。それに気づいてたら別の解釈をしたのに」
不本意な修正をしなければならなくなるのは残念です。

授業に回り道はつきものですが、こういう不本意な回り道は避けたいものです。
解釈が深まるような修正ではないのですから。

◆意図しない効果(ヒドゥンカリキュラム)の方は・・・・
実際にやっておられる方はわかると思うのですが、この発問はオープンクエスチョンで正解は一つではなく、自分が気づいたことを言えばよいので難易度も低いです。
だから、たくさん手が上がって、授業開始時のアイスブレイクの効果があります。
また、教師が答えを知っていて「それを当てる」ような授業ではなく「自分の頭で考えて良いんだ」という授業の性格付けにもなっているようです。
多くの意見が出るので、他者が自分とは違う見方をするということもここで認識されます。

いつもこの発問のことを「珠玉の発問」と言っていますが
本当にこれを教えてくれた方々(アレナス? 上野先生?)には感謝です。

おっと、そういえば次のアニューの講師も頼まれていて
「今度は鑑賞の話をしてくれ」
って言われていたんですが、こういう話をすれば良いのかな?伊藤先生。




posted by kazyhazy at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 校内研 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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