2016年11月10日

授業を見る 授業を作る(18)

指導案は良くできていて、随分書き慣れた様子。
書き方は良いんだけど、昨日も書いた通り「生徒主体」には見えませんでした。
まず、そこを何とかして生徒が見て考える活動にシフト。
そして、間違いやすい発想構想の部分。
どの部分で発想を拡散させて、どういう風に構想へと収束するのかを整理ました。
それらに合わせてワークシートにも改善の手を入れました。
そして教委訪問の日。
pict02.jpg
授業を見るのはこれで2回目。
前よりは随分よくなってるのでチョット安心。
しかしその後の指導講話でショックを受けることになるのです。
・・・というのも、私自身が指導しきれなかった部分がはっきりしたのでした。

美術という教科の難しさみたいなのがあって
他教科以上に授業として成立させるハードルが高いようなのです。
主題や発想やイメージといった「目に見えないもの」の機能を授業構造の中で意味を持たせないといういけないこともそうですし、一方通行で教師が教えるのではなく生徒自身が試行錯誤しながら獲得していく形にしないといけない部分なんかもそうでしょう。

私自身がそれに捕らわれすぎていたようで、そういう部分だけを指導・改善してたのでしょう。全教科に共通する、「授業だったらこれを考えなきゃいけないでしょう」ともいうべき「授業のめあて」が弱かったのです。
そこをズバッと指摘されました。
「授業のめあて」というのは「授業の目標」に似ているんですが、
例えば「その授業でピクトグラムの良さや機能について、理解したことを級友に説明できるようになりましょう」みたいな感じです。
抽象化された「授業の目標」ではない、より具体的な生徒の姿であったり着地点であったりします。

授業をすることで変容する生徒の姿をイメージすることなので
これがあやふやだと授業がブレます。
美術の授業であることを意識するあまり、この視点が抜けていたのでした。

教委訪問の当日は指導主事3人と大学教授1人の計4名の訪問。
(ちょっとウチは特別な研究なので多いです)
4人から鋭い指摘を受けて初任者3人は良い勉強になったと思いますが
一番ショックを受けて反省していたのは
実は私だったという訳です。



posted by kazyhazy at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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