2016年07月31日

校内研日和(4)

校内研の内容も4回目にきて
そういや研究主題もまだ書いていないことに気づきました。
6月レジュメ.JPG
「学び合い」を生み出す課題設定の工夫ですから
「学び合い」はあえて「手段」の方で、授業改善の方が主眼になっています。

「学び合いを頑張ろう」的な研究主題の学校も散見できますが
生徒同士が学び合っているような場面をなんとか作ろう!と研究するのも何か違うような気がして、もう少し的を絞ることにしました。
この研究主題にして「ストンと腑に落ちた」と言ってくださる先生も居て、逆にその先生のことを尊敬しました。
色々と考えたり実践していないと言えないセリフですから。

普段、ついつい言ってしまう言葉に「生きている授業」「死んでいる授業」なんてーのがあります。
「今日のあの授業、死んでる授業やったぞ」なんていうセリフは酷く失礼なので、若手にしか言いません(笑)
(言うのかよ)
教師が黒板に書きながら「これを大化の改新と呼びます」と言うと、生徒はプリントの空欄に「大化の改新」と書き込む・・・・こういうのを死んだ授業と言っています。
予備校の有名講師のように流暢に教え、大変分かりすくて、生徒も「教え方ウマイなあ」と感心する授業、これは・・・・死んでいる授業です。

美術の先生に分かり易く書くと、対話による意味生成的な美術鑑賞(対話による鑑賞)などは、私の分類では生きている授業になります。
その時その教室に居た者だけが共有できる授業で、生徒が変われば意味が変わってくるナマモノのような授業で、生徒が「話を聞く者」ではなく「授業を作る者」になるような授業のことです。
DSCN0554.jpg
鑑賞の授業でも、教師の考えや歴史的評価を生徒が「当てる」授業をやれば、それは死んでると言わざるを得ないし、表現の授業でも、先生の考えた作品を生徒にやらせるような「死んでいる授業」もあります。

しかし一般に(私見かもしれませんが)5教科の方に「死んでいる授業」が多いような気がします。
美術の研究ではなく校内研ですから全教科あります。
普段だったら美術の授業研で言っているようなことを全教科に広めたい
これが、研究主題の「学び合い」があえて「手段」の方で、授業改善の方が主眼になっている理由です。
(ああ、やっと話題が戻ってきた)

5月ごろ、校内研をどうするか学校長と対策会議をしていた時
「今後、校内研をどう進めていくつもりか、1年後にどう着地するつもりか」
・・・というようなことを学校長に聞かれました。
「それを私がスラスラと今ここで語ったら、校内研が死んでいる授業と同じになります」
と返事をして
「なるほど」と納得した校長も凄い。


posted by kazyhazy at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 校内研 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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