2016年07月15日

授業を見る 授業を作る(7)

6月の半ばには滋賀中美連の役員会がありました。
毎年この役員会と秋の役員会では研究授業も兼ねていて、事務作業だけでなくいろいろ勉強できるようになっております。
授業を公開してくれる若手の先生は「風神雷神図屏風」で鑑賞の授業を見せてくれました。
Fujinraijin-tawaraya.jpg
なんと!この日の授業風景を撮影した画像データが見つからず、作品そのままの画像ですいません。

授業者はあまり鑑賞の授業の経験がなく、実は一か月以上前から指導案の作成に協力しておりました。校内だけでなくこんなところでも同じようなことをやっていたんですねえ。
やはり旧来からの授業のイメージから抜け出せない彼に、生徒自身が自分の解釈で鑑賞できるような授業の進め方を口を酸っぱくして教えていたのです。

本校の美術科K君も私も本部役員なので当然参加するのですが、研究授業を見る機会はなかなか貴重なので新人Yさんも連れていくことになり3人で出かけました。

当日、授業者の彼はお客さんも多いのでチョット頑張りすぎました
色々考えてくれたのはわかるけど教師が頑張るってことは教師主導の授業になりがちです。やればやるほど生徒の「学びたい」という空気が沈んでいくような感じでした。

授業も終盤になったとき、我々役員がアドバイスしていた生徒が自分で発見したり、自分の頭で解釈したりできる活動が登場しました。ここにきて「やっとアドバイスを採用してくれたか・・・」という気持ちで見ていましたが、ちょっと遅いんじゃないか?
その課題が投げかけられたとたん、生徒に学びのスイッチが入りました。すぐに時間切れになったとはいえ珠玉の時間があらわれました。

授業者の彼はあとで「反省だらけでした」と言いましたが、慣れないゆえのミスは仕方がありません。
「この授業はまだ磨かれていないダイヤの原石のようなもの、あとは磨くだけだから大丈夫」と応援しました。

手慣れた上手な授業だけど磨きようのない授業というのはゴマンとありますからね。
おっとまたこういうことを書いてしまった(確信犯)

授業者の彼が同じ学校で、何度も授業を見てあげられていたらなあ、
なんて考えていたら
帰り際に新人Yさんが「私はとてもラッキーです」
とのこと。






posted by kazyhazy at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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