2013年06月02日

美術の学力について思う(8)

昔、知り合いの家に行ってジグソーパズルをしたことがある。
その知り合いはジグソーパズルが趣味で
「ぜひ一回おまえもやってみろ」ということらしい。

500ピース? 1000ピース? だったかな?
忘れたけど、とにかく両手を広げたぐらいのサイズで
キャンバスならF20号ぐらいだろうか。
写実的な油彩の風景画が、完成図として箱に印刷されてあった。
zigsow.jpg
箱の中身をぶちまけて、知り合いは言う。
「まず最初は、同じような色のピースを集めるのが定石さ」
そうして、森や山になりそうな緑のピース、空になりそうな青いピース、花になりそうな赤いピースなどを分類し始めたので、見習うことにした。
慣れているもんだから、ちょっと得意げだ。

いくつか集めたピースを組んでみると簡単につながって、花壇の一部ができあがった。
ベテランを自負する知り合いは、それを見て目をむいた。
「なんで、そんなに早くつながるねん」

それは・・・
たぶん色彩に対する知識や感覚が違うからだと思った。
赤と行ってもバーミリオン系の赤とクリムソン系の赤とではまったく別物として認識しているので、赤だけでもいくつものグループを作って分類していたからだ。

逆に「白っぽいピース」も「深い緑のピース」も明度が違うだけのピースは、見た目が違っても同じグループに入れていた。
「同じ一本の木」の「明るい部分」と「暗い部分」なんだろうと思っていた自分は、無意識のうちに同じグループに入れていたのだろう。

はじめてジグソーパズルをやった人間が、自分よりも早く仕上げて行くことに対して非常にくやしがる友人の様子を見て、「これを授業での戒めにしよう」と密かに思った。
自分たち美術教師が見えているものと、生徒達に見えているものは違うのだ。
自分が見えているものを基準にして語ってはいけないのだと。

 


posted by kazyhazy at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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