2012年12月15日

美術の学力について思う(1)

なんやかんや所属学年は変わっても、毎年1年生の授業を受け持っている。
美術教師は二人いるが、私の方の担当が2、3年生になることなく
1、2年生とか、1,3年生とか・・・
とにかく1年生を担当し続けている。

毎年新しく入ってくる生徒達を見ながら
「今年はどんな学年かな?」と思いながら授業をしているが
ある意味で美術の学力低下は留まることを知らないように感じる。
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みなさんは、そのように感じることは無いですか?
今まで当たり前のように出来ていたことができない。
あるいは時間が掛かる。
発想や工夫が貧困になっている・・・そのように感じることはないでしょうか?

数年前から徐々に題材を減らしている。
授業時数は変わらないのに、昔と同じだけの授業が出来ないのである。
短時間で完成できる作品をあきらめ、次の年はそれでも足りなくて中規模の作品をやめた。

こちらも毎年授業研究は怠らず、すればするほど授業は洗練されていくはずなのに
なぜか時間が足りなくなっていく。
時数確保がうるさくなって、授業時間はばっちり確保されている。

一体どういうことなんでしょうか?


posted by kazyhazy at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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