2011年09月13日

レッジョin京都(6)講演メモ

講演を聴きに行って、印象に残った言葉を
この場を借りてメモして供覧します。

■この展覧会は幼児教育関係者は予想通りだったが建築関係者にも反響があり、全体としては予想以上の反応があり、売れないと思っていた高い本も増刷が掛かっているという状況であること。

■レッジョエミリアは、子どもの主観と客観の両方に働きかける取り組みをしながら心理学的プロセスを経て作品制作に向かっている。これはレッジョの自己流であったはずだが、ヴィゴツキーをはじめとする心理学的な裏付けを、試行錯誤の中で知らず知らずのうちに獲得して、正しいメソッドを確立している。

■レッジョエミリア市は財政の大半を「幼児教育」と「文化財の修復」に使っている。つまり過去と未来に投資している街。街の事業者も様々な面でのデザインに従事していて、近代以降最も付加価値の高い活動である「デザイン」で生きている街とも言える。(イタリアの有名ブランドもこの町にある)

IMG_0330_2.jpg
■大学で芸術を専攻した教師をアトリエスタと呼び、教育学を専攻した教師をペダゴジスタと呼ぶ。全ての幼児教育施設に両者が配置される。

■しかし、アート教育の専門学校ではなく、英才教育の場でもない。アートを手段として全てを学ぶという姿勢が貫かれている。

■子どもが「創造の主体」であることを認める。すると大人が主体的に教えるとか、大人がリードして教育するという考え方があり得なくなる。主体である子どものつぶやきを「のがさず聞き取る」ことが最大の仕事になる。


どうですか。
私は理解が深まるにつれて自分の不明を恥じ、今自分がやっている授業を恥じ、そうならざるを得ない環境を恥じました。


posted by kazyhazy at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
にほんブログ村 教育ブログ 図工・美術科教育へ
にほんブログ村
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。