2011年09月06日

授業改善推進のために思うこと(2)

研究会で教材や作品の事ばかり語られる時代があって…
(今でも多くの研究会がそうなんですが…)

近年「子ども」にスポットがあたり、「学び」について語られる様になりつつある。
(自分も含めて、まだまだ発展途上ですが)

それをもう一歩進めて次に来るべきは、図工美術教育者ではないか?
図工美術に携わる者が今どういう現状になっているのかという「想定」ではないか。
…という話が前回でした。

これはもう「聖域」と言って良い部分かも知れませんね。
自分のことが研究対象になったようで、書いててドキドキします。

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よく指導案を書くときに「生徒観」というのが書かれることが多いです。
本校の生徒はこういう地域に育ち……という傾向にある。美術に関してはこういう活動をしてきたが、…の所が課題でもある。だから本題材を通して…のように育てたい。
というやつです。

ビフォーアフターで言うと、ビフォーの部分ですか。
研究のスタイルで言うと「仮説」という事になるのかな?

教師の研究大会と呼ばれるものを開催するときに「教師観」なんてものが書かれるようになったら凄いだろうなあ。ドッカーンと大爆発しちゃいそうな気分ですな。
本研究会では、特に図工美術教師をこのように捉え、全国的にもこういう現状が蔓延している状況を打破する目的で開催されました。色々タイプがある中で特に、このような傾向の授業もどきに対して強い問題意識を持ち、ここを焦点化する研究会としたい。…なんていう宣言で開会されたらもうたまりませんな。

「私はこんな授業をしました」「この地域ではこんな取り組みをしています」というような自己主張の羅列で賑やかなのも良いけれど、
「現状の教師がこうだから、これから紹介する実践をネタに話し合い、こういう方向で一緒に勉強しませんか」
と言う風に、実践発表を目的とせず、教師成長の手段にしちゃうのですね。
sinsa4.jpg
美術教育の現状を、作品審査会からどのように「想定」できるか書こうと思ったら、文章が長くなってきたので次回に回しますね。


posted by kazyhazy at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 切り口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
生徒観とか指導観、題材観から教師の立っている位置が見えますね。子どもの絵をどうとらえるかなんてのもすごく見えます。こういう
発信いいですね。
Posted by 山崎正明 at 2011年09月07日 00:09
生徒観とか指導観、題材観から教師の立っている位置が見る・・・・その通りなんです。
だからすでに今でも「教師観」を軸に研究会が開催されているとも言えないことはないです。
 ただ、そこに意識が言っていないとか、焦点化されていないというだけなんですが。
Posted by かじおか at 2011年09月07日 00:16
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