2010年12月07日

いつも心に切り口を(3)

授業の中の一番大事な本質は何処なのかを押さえ直し
それ以外の部分をバッサリ切ったら、よりよい授業になるかもしれないよ・・・という提案でしたね。その続きです。

やり方の見本として、まず私自身が自分の授業をバッサリやったわけですが、そのために紹介したのはこの授業です。
(このブログでもお馴染みのヤツです)
takatutki_4.jpg
このプレゼンには、「技能を残して発想構想を削った」というサブタイトルを付けました。
(発想構想を削った・・・という言葉には語弊がありますね。)
教師から発信するのは技能的な提案だけで、生徒達はそれをきっかけにして各自が発想したり工夫したりする・・・という意味ですね。
この授業はもうこれだけで完結しているつもりなので、この後に
「この技法を生かした構想画を考えなさい」・・・みたいなコジツケはやりません。
絵の具の加減、ストローの角度、息の強さから生まれる形を追いかけ、
生まれた形を見ながら試行錯誤して、角度や強弱を調節する・・・・・
その活動と体験がこの授業の学び(のつもり)です。

ここから無理に「発想」の授業にしようとしても
クラスの半数が「私は水族館のクラゲの絵にする」と言うかも知れませんね(笑)

もうひとつ例を示しました。
takatutki_5.jpg
これもこのブログでお馴染みのヤツです。
もしも美術がなかったら・・・という架空の世界を考えるヤツです。
見ての通りマジック色鉛筆というお手軽さです。

発想の面白さだけを抽出して、技能面をないがしろにしております(笑)
こういう授業で、描く方にも本格的に力を入れている先生がよくやるミスがあります。

それは・・・・・・

ついつい絵の上手い子を良い成績にしてしまった」・・・・という失敗であります。
アイデアや発想を問う課題なのに、手のひらを返したように作品の巧拙や完成度で評価したのでは契約違反です。
授業の目的と評価の整合性がズレてしまったということですよね。

そうなると生徒の方も目的を見失って、漫画マニアの生徒なんかは、授業の意図である「もしも」のアイデアを適当にして、凝った趣味的なマンガに走る・・・・なんていう事もあり得るわけです。

やはり、残す部分を見極めて、削るべきは削らないと
授業時間が余っている訳ではないですからね


posted by kazyhazy at 23:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 切り口 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
非常に納得。
特に契約違反のお話は本当によくあること。
自分の実践を振り返っても、反省する事しきりです。
ばっさりと削る勇気、その授業で学ばせたい事への焦点化、そして目的と評価の整合性。
何より、子供たちにとってわかりやすく、納得できる。
そして、題材を単純化する事によって、学びもしぼられて、鮮明になってくる。
率直な楽しさの広がりが見えてくるようです。
いつか、これらの創作体験の積み重ねが、活かされてくる場面が出てくるんですよね。
滋賀研究大会、参加したくなっちゃうなあ。
Posted by すずきひとし at 2010年12月08日 08:09
<色:#006600>読んでいていただけている・・・というだけで大変勇気が湧いてきます。ありがとうございます。
「<span style="color: #ff6600;">焦点化</span>」という言葉ももらっちゃいます。(記事の中で使えば良かったと思える言葉です。)

ぜひぜひ滋賀に来てください。<span style="color: #ff6600;">できれば前日から。</span>(私は泊まりでの参加です。前の日に懇親会をやるのです。いつも)</色>
Posted by kajioka at 2010年12月08日 23:08
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
にほんブログ村 教育ブログ 図工・美術科教育へ
にほんブログ村
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。