2009年11月18日

題材名のない授業

<色:#006600>以前は毎日更新していたこのブログ。
最近は更新しない日の方が多いなんて!!

たまにちょこちょこっと更新して、ちょっとランキングをのぞくと・・・
あああああああ
またもや上位3位以内に入ってる・・・・・{汗}

なぜ?
まったくもって申し訳ないの極北。
喜んで良いのかどうかも解らない状況。
もう・・・穴があったら「のぞきたい」という心境。(どんな心境?)

コメントも数名いただきました。
ありがとうございます。
みなさんのお陰なのですね、きっと。(涙)


最近の授業は例のルパンを終えたばかりという状況。
なんだこの授業は?と思われる方は過去ログを参照。

最近、他人の指導案を直したり指導作品を見たり、と言う中で
毎回同じ事を言っているような気がするのは

<色:#990000>「この授業の題材名はなに?」

っていう台詞。だって
「静物のドライポイント」・・・・とか
「平面構成デザイン」・・・・とか
「モナリザを見る」・・・・とか
そんな題材名の授業に出会ってばっかり。
これは題材名ではなく活動名?それとも作業内容?

授業者本人に「もっと、題材名らしいの、あるやろう。
もっとこう・・・授業のテーマが感じられるようなやつさ」
…と聞いても困っておられる様子。

たいていこういう場合、テーマが存在しない・・・ということはまず無い。
ぜーったいどこかに潜んでいる。
けど授業者本人さえ、その存在に気づいていないという場合が多い。

授業者とよく話し合って、よく聞き取る。
段々授業を整理してやるなかで、宝石のように現れてくるものです。

秋の日差しが感じられるようなドライポイント」なのか
「100万年後の昆虫のスタイルをデザイン」するのか
授業の軸が見えてくる。

軸が定まれば、それに相応しい授業の進め方が見えてくる
何を学ばせたいか、そのためには何を使うのか・・・収まるべき所に収まってくる。
不必要なものは省かれる。

生徒にとっては「習った技法をやらされる」のではなく、
「技法を使って、もっとこうしていこう」
「100万年後に見えるようにこうしよう」
「秋の日差しが感じられるように、こう表現しよう」
…という目指すべき方向性になる。

こうして匠がリフォームするように、授業が生まれ変わると
決まって授業者は
<色:#ff6600>「初めて、美術の授業を作り出す素晴らしさと醍醐味を知りました」
と言っていただけるのが、嬉しいですね。
(けど、それまで一体どんな授業をしていたんだ?こいつ)

★関連記事 誤解されやすい美術用語
★美術のいかがわしさ


posted by kazyhazy at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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